アンドロイド
-出逢い編-
僕は生まれたときから意識があった。
白い壁に白い服に囲まれて、白と黒のコントラストの中に僕は生まれた。
何処かの研究所の中の最高責任者によって創り出された僕。
名前は無く、コードで呼ばれて僕は暮らしていた。
小さな子供で創られたのではない。初めからこの大きさだった。
身長170p、体重60s。少し太めかなとは思ったけれど、そんなことはどうでも良かった。
(と、いうかロボットとしてだったら軽すぎるくらいだけれど。)
この白く狭い箱が僕の世界だった。
此処で生まれ、此処で死ぬのだと、信じて疑わなかったあの頃。
図鑑が僕のお気に入り。記号と数字ばかりの本はつまらない。色取り取りの写真が、とても好きだった
ことを覚えている。
何せ僕の周りには白と、光が当たって出来る影の黒しかなかったものだから。
知識はたくさんあった。でも実際に見たことはなかった。
だから本当に存在するのかさえ解らなかった。
ある日、外から客が来た。
白衣着用なので着ているが、アンダーシャツは白ではなかった。黒でもない、黄色。
眼が痛くなるような蛍光ではない、優しい色の黄だった。
城島は彼の服に目を奪われた。そして、外見にも。
未だ若い男だった。良く日に焼けており、がっしりとした体格の男だった。
ここにいる誰とも違う、外からきた人間。
名を、山口達也と言った。
「こんにちは、すいません。上条博士を知りませんか」
山口がここに通うようになってから一週間が過ぎようとしていたある日、城島は山口に話しかけられた。
城島は驚いて二、三度瞬いてから留守です、と短く告げた。
「そうか…困ったなぁ」
「何かご用でしょうか。もし宜しければ私が博士にお伝えしますが」
「いや、俺が直接言います、ありがとう。―初めまして、山口達也です」
営業用の顔から人懐こい笑顔に変わって手を差し出す山口に城島は眼を白黒させるばかりだった。
話の流れについていけない。外の人間はこんなにも脈絡無く話すのだろうか。
「私は、Sー10U117.001城島.Firstです」
「え?―じゃあ博士が話していた最高傑作のアンドロイドって…」
「私のことです」
吃驚して城島をまじまじと見た山口の視線にどこか居心地の悪いモノを覚え、城島は眉間に皺を寄せ
た。
それをみて山口が慌てて謝る。
「ごめん、人間と全然変わらなかったからー」
「別に構いませんけれど…」
「じゃあさ、俺と友達になってよ」
「―はい?」
にっこりと笑う達也を、今度は城島が間抜け面で凝視した。
「いつも俺のこと見てたでしょ?」
外から来た、物珍しい人間を観察してたんでしょ、と山口はくすくすと笑った。
ほら、と手を差し出されて、城島は躊躇った。
しかし。己の手を伸ばして彼の手をとったのだった。
彼は更に笑みを広げて城島の手を握った。城島も、ぎこちないながらも笑みを作った。
それから、城島は山口が来るのを楽しみに待つようになった。
二人はすっかりうち解け、互いを名前で呼び合うようになった。
彼は色々なモノを持ってきてくれる。外の世界のことを話してくれた。
白と黒だけだった城島の部屋は、海の砂や貝殻、万華鏡やガラス玉などが置かれ、少し色が付いた。
それらはどれも城島の宝物だった。
「凄い汗やねんな、達也」
「だって雲一つ無いんだもん。日の光直撃だよ」
そういって近くにあった書類でばさばさと扇ぎ始めた。その様子に薄く笑みを浮かべて城島は彼の肩に
顔を寄せる。
山口は首を傾げてどうしたの、ときいた。
「達也から海の匂いがすんねん」
「あー、サーフィンしてきたから」
「あと、なんやろ…ぽかぽかした感じの…」
「―日の光に当ててたから。お日様の匂いかも」
「太陽て匂いすんのか?!」
城島の驚きの発言に山口はふんわりと微笑んだ。
「布団とか干しとくと、ぬくぬくしてあったかいんだよ。それで太陽の光の匂いがするとか言うんだ」
「へぇー…一つ賢なったわ」
本気で感心する城島を見て、山口は軽く拳を握った。
連れ出したいと思っていた。外の世界をみせてやりたいと。
そしてそれが簡単にはいかないことも解っていた。
だから、そのチャンスが来るまで辛抱しなくてはならないことも。
そしてそれは意外と早く来ることになる。
山口が城島とうち解けてから早一ヶ月。いつも通り遊びにもとい仕事に来た山口を迎えたのは意気消沈
した
城島だった。
「どうしたの茂くん」
「―達也ぁ…僕の部屋、帰ったら何もなくなってん。博士がみんな捨ててしもたん」
泣き出しそうに顔を歪めて城島が小さく呟いた。
宝物だったのに、と。
それを聞いて山口は城島を連れ出す覚悟を決めたのだった。
あんなちっぽけなモノで満足なんかさせない、と。
この小さな箱庭に閉じこめられるために彼は生まれてきたのではない。
「茂、俺と一緒に行かないか?」
何処に、とは聞かずに解った。
外に。彼が住む色鮮やかな世界へ。
「行っても…ええの?」
訊ねる声は震えていたが、その瞳は揺るぎなく真剣だった。
山口は力強く頷いてみせる。
「行こう」ではなく「行かないか」彼が望まなくては連れて行けない。
自分の口で望んで、その足で立って。
「行きたい…。達也と一緒に外へ」
「行こう、シゲ」
「おん!!」
博士の留守を狙って、監視カメラに小細工してこっそりと研究所を後にした。
外に出るとむわぁっと蒸し暑い空気が城島を襲う。しかしそれさえも城島には心地よかった。
眩しすぎるくらいに照りつける太陽。
微かに、だがしっかりと城島の白衣を、髪を靡かせる風。
どこまでも蒼い空。色取り取りの花。
全てが新鮮で、鮮明で、胸が熱くなった。
これが、「外」。全てに動を感じた。
写真の中の静とは全く違う流動感。
言葉が出なかった。
これが達也の住む世界。これからは、僕も。
白は嫌いではなかったのだけれど、僕が望んだのは平凡だったから。
化学反応式も精密機械も必要ない。
僕はアンドロイドだけど。
達也は一緒に生きていこうといってくれた。
「茂くん」
そう笑顔で差し出された手を、僕は何の躊躇いもなく取った。
駆けていく、振り返りはせず。
達也がくれた僕の部屋の宝物はもう無くなってしまったけれど。
達也は部屋に入らない、もっと大きくてもっと大切なモノをくれた。
何もかもが新しく、僕はとても幸せだった。
それは今でも僕の宝物だ。
END
達也と茂の出逢い編。別名逃走劇ともいう(笑
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