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それは何故か忘れていた傷に酷く滲みた。
「ま――――ぼーなすっ!」
とか何とか叫びながらナスを高々に掲え上げた俺に、坂本くんはうへぇと苦い顔をした。
「(真っ青なエプロン。未来から来たロボットではないけど)」
「…何、その変な顔」
「意味不明な事叫び出す剛に言われたくないんだけど」
「意味ある意味ある!今日の献立!お品書きの役目を果たした俺に拍手して!!」
「一回きりの音声お品書きはいりません!人間でなきゃナス切れないじゃん!」
わあわあと言い合いながらも坂本くんはひき肉をいためて、何やら赤いソースをまぜ始めた。
さじが中華ナベにあたって、少しだけカシャンと鳴った。
「ほらーナス切ってないし」
坂本くんのむくれた声、俺ははっと目を見開く。
謝るタイミングを逃して、口が金魚みたいに動いた。
「俺ナス切るから、剛いためてて」
カチッと一回火を消すと、坂本くんはすたすたと歩いてくる。
「(歩いてくるったって、数歩)」
「ほら」
坂本くんはまたびろびろとエプロンを引っぱり出して、その動作に今更だけど自分がエプロンをしていないことを思い
出した。
「う、ん」
としか俺は言えない。ナスを一個、いつの間にか丸呑みしたんじゃないかなぁって、疑うくらい。
「ほら、エプロンちゃんとして」
坂本くんはそう言って、ちょっと深い青をしたそのエプロンを俺の首にかける。
「(ぁ)」
一瞬よりも、ほんの少し長く、ひき肉と、油と、それから何かの調味料のにおいがした。
「(あぁ!)」
「(その温かさは時に凶器だ!)」
俺にはその温かな手がエプロンをつけてくれるとかたったそれだけの事があらゆる感情をゆり動かす原因となるの
さ。
「(坂本くんは、そんな事知らなくていいけど)」
痛みに慣れたカチコチの心に、一握りの優しさは辛い。
「(無償のものを何一つ信じられない俺には、バファリンの半分の成分すらない)」
坂本くん、でも俺は、
「(それでも、その温かさが好きだ)」
だから煙が目にしみたってコトで許しておいてね。 人が違う(いつものことです)
エプロンをかけるって頭の上を通る動きだから、
怖いって思うヒトも居るみたいね。
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