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            アンドロイド
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それは自己満足。
僕は、人間の―その中でも研究者の―期待を背負い、その欲望を満たす為に生まれた。

意識は在った。感覚も在った。


ただ、心だけは、凍結されていたように思う。







小腹が空いたから何か簡単なモノを作ろうと、城島は久しぶりにキッチンに立った。
松岡が来てから初めて入ったキッチンはとても綺麗に片付いており、城島の知っているキッチンとは
掛け離れていた。
モノは全て松岡の背の高さに合わせて置いてあり、彼より少し背の低い城島は上のものをとるのに
背伸びをするはめになった。
冷蔵庫を開けるとなにやらたくさん入っていたが、この前長瀬が勝手に漁って松岡に怒られていたの
を思い出し、リンゴでいいやと妥協して包丁を握った。
皮を剥いていくが、お世辞にも上手いとはいえず見ていて心臓に悪い。
松岡がいたなら包丁を取り上げてキッチンから城島を追い出し、城島が作るよりも何倍も美味しい
料理を城島の半分以下の時間で作ってくれたに違いない。
しかし残念ながら彼は今仕事で出かけており此処には居なかった。




アンドロイドなのにどうして腹が空くねん…。




最高傑作と謳われた城島は、なんら人間と変わりなかった。
感情も感覚も有る。運動すれば疲れるしお腹もすくのだ。
不便だ、と城島は思っていた。人間でないのなら疲れる必要も痛覚も感情も要らなかった筈なのだ。
人間は―人間の女は―人間を生み出せるのに、どうして人間は人間に似せたロボットを創りたがる
のだろうか。城島には不思議で仕方なかった。


「痛っ…」


ぼんやりとそんなことを考えていたら包丁で手を切ってしまった。
深く切ってしまったのか、血がどんどん溢れてくる。
赤い血。それは人間と変わらず鉄を基調として造られている液体。

似ているのに決して同じではない。

痛みを感じてもお腹がすいても不器用でも、自分は人間ではない。
何だか落ち込んでしまって城島は包丁を握り締めて指から溢れる液体を眺めながらその場に座り
込んだ。




この家の住人は城島を含めて五人。そのうち城島がアンドロイドだと知っているのは城島を研究所か
ら連れ去ってくれた山口だけだった。他の三人は知らない。でも、何時かは言わなければならないこ
とだった。
研究所の最高責任者で、城島を創り出した上条は未だ城島を諦めていなかったからだ。
彼は異常なほどに城島に執着していた。自分の元に連れ戻そうと躍起になって城島を捜している。
巻き込みたくないから、何時かは言わないと。
しかし怖いという感情がその決心を鈍らせるのだ。彼らとの生活はとても心地よかったから、
嫌われてしまうのが怖かった。



「ほんま、感情なんて要らんかったわ…」



呟いた城島は力なく笑った。


「必要なモノだよ。ってあなたは何をしてるの」
「うわ!?」


いきなり後ろから声をかけられて城島は飛び上がらんばかりに驚いた。
後ろに居たのは山口で、呆れたように城島の指先を見ている。


「不器用なんだから誰か帰ってくるの待ってたら良かったのに」


包丁を取り上げてタオルで流れる血を拭う。正確には、血のような液体を。
タオルに滲む赤も、まるで血のようなのに。


「松岡に怒られるよ。俺は知らないからね」
「達也」
「どうしたの茂くん」


真剣な双眸が城島を映す。城島はその瞳を綺麗だなんてぼんやりと思った。



「感情が要らないなんて、それ本気だったら殴るよ」



怒りを滲ませた低い声に、城島は唇を噛んで俯いた。
山口は城島を一人の「人間」として扱ってくれた。みんなもそうだ。彼らは知らないからかも
知れないが。
だから、城島が自分を卑下したり蔑ろにすると本気で怒る。
前に怪我をしたとき、パーツを代えれば良いだけなのに、と言ったことがあった。
滅茶苦茶怒られた。その時は本当に怖かった。

感覚があるんだろうと山口は怒鳴った。痛いだろうと、悲しそうにいった。
怪我の痛みよりも彼にそんな顔をさせてしまったということの方が痛かった事を城島は覚えている。


「茂くんがあそこをでて初めて外に出たときの感動を忘れた?
感情がなかったらあの感動はなかったんだよ」


―忘れるわけがない。人工の光ではない眩しすぎる太陽の光。髪を巻き上げる風、木々のざわめき。
何もかもが新鮮で、本物を知った日。知っているだけだったのが理解に変わった日。
いまでも鮮明に思い出せる達也の笑顔、色取り取りの世界。


「でも、感情がなかったら僕はあそこを出ようなんて思わなかった。
達也を巻き込むこともなかったんや」
「そうしたら俺はあなたと出会ってなかった」


きっぱりと言い切って山口は城島の頬をその両手で包み込んだ。


「俺はね、あの博士もあの場所も大嫌いだけど、一つだけとても感謝してることがある」
「―え?」
「それは、茂くん、あなたを生み出してくれたことだよ。俺はあなたに出会えて良かった。
あなたはアンドロイドかも知れない。でも、感情も感覚も有る。あなたは人間と変わらないんだ」


優しく微笑む達也の顔がぼやけて見えた。
山口は驚いたように城島を、城島の眼を見ている。
それから彼は微笑んで城島の頬を伝った涙を手で拭った。


「あれ…何やろコレ…何の液体や?ヤバイで達也!!!液体漏れや!!」


驚いて焦ったように叫ぶ城島を宥めて、山口は更に顔を綻ばせた。


「涙、だよ。茂くん」
「涙…?僕、悲しくないねん」
「涙ってね、悲しいときは勿論悔しくても嬉しくても流れるモノなんだよ」


山口の言葉を聞きながら城島はもう一度涙、と確認するように呟いた。
こんなものまで流れるように創られていたのかと、呆れると同時に感心した。
そして考える。では自分のこの涙の理由は。
人間の感情は複雑だ、と城島は思うのだ。その複雑さを理解するのは些か困難だ。
ではこの訳の解らない涙、感情は。人間と、同じモノではないのか。


「あなたは生きている。俺や、松岡や太一、長瀬と同じように。あなたが育てている植物と同じように」
「たつや」
「あなたは生きているんだよ。命が宿ってる。物言わぬ静物じゃない」


そして唐突に理解する。自分は怯えていて、そしてその原因を達也が払ってくれたから嬉しかったの
だと。
涙の理由、それは喜び。
人間ではない自分を受け入れてくれるヒトがいてくれたことへの感謝の。
嬉しくて嬉しくて、仕方なかったのだ。


「ありがとう達也」
「うん」


何に、とも何が、ともいわなかったけれど、伝わったみたいで。


「茂くん、これからも宜しくね」
「―おん」





「ありがとぉ」






何時だって解放できたんだ。でも、怖くて。
自我を持った、心を持ったアンドロイドなんて必要ないといわれたら。



でも、僕は生み出されたのだ。生きるために。

理由があるはず、何のために生まれたのか。

僕はみんなと出会えて良かった。

ロボットとしては最低の機能だけれど、人間としては最高の機能ではないだろうか。





生み出されたのだ、生きるために。






狭い箱庭で、ではなく色鮮やかな世界で、彼らと共に。


























END





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素敵祭り「シゲフェス」開催おめでとう御座います。
そして参加させていただき、有り難う御座います。嬉しいです。
ロボットなんか解らない癖に調子にのって自分の首を絞めてみました(笑)
皆様の素敵作品を心から楽しみに、祭りの成功とそして自作品が浮かないことを願って。
                                          2005/10/31 鬨播拝
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