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だからさ、今時の吸血鬼にはにんにくも十字架も効かないんだってば!
空腹で焦点が合わない俺は、
朽ちかけた教会の中で十字架を自分に突きつけた男を見ながら内心叫んだ。
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Midnight Rose
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「あぁ吃驚した」
倒れて気を失ってしまったらしい俺が次に眼を開けた時、
目の前に居た男が口にした第一声がそれだった。
「なかなか男前な吸血鬼やね。君何ていうん?」
警戒心が全くないのか男は微笑んでさえいる。
「(吸血鬼を前に笑っていられるなんて!)」
ただのバカだと思った。
「僕は城島茂。なぁ君は?」
「…ネイリオス、松岡昌宏」
「ふぅん、あ、僕は人間な」
あんたのは見れば解るし、あんたはネイリオスなんて言っても解らないだろうけど、
だからこそ名乗った。
吸血鬼族の嫌われ者、ネイリオス。
名乗っても素っ気ない反応を返されるだけ、それが酷く嬉しかった。
これで相手が吸血鬼族のクラナテイスとかだったら俺殺されてるね。
吸血鬼を怖がらない人間も珍しいけど。
「あんた変わり者だね」
「よく言われるわ」
「…だろうね。吸血鬼怖くないわけ?」
「君は特別」
男―城島はくすくすと笑った。
「空腹で倒れる吸血鬼なんか怖くないわ」
「なっ…」
「お間抜けさんなんやねー松岡は」
「(なんて失礼な人間なんだ!)」
これなら吸血鬼の方がよっぽど紳士だよ!
わなわなと震える俺を見て、城島は挙げ句の果てに笑い出した。
「アヒルさん!!」
「はぁ!?」
「拗ねとんの?口アヒルさんや」
にこにこと笑って話を進めていく城島に主導権を取り戻せそうにないと悟った。
城島は出て行こうとした俺を半ば無理矢理留め、城島の育てていた薔薇(この協会の裏に
薔薇の温室があったのをチェック済みだ。彼が趣味で育てているらしい)を条件に俺は彼と
二人でこの朽ちかけた協会で暮らすことになった。
今まで生きてきた中で、こんなに長く人間と暮らしたのは初めてだった。
でも人間の一生は短い。長命種の吸血鬼からすれば、そんなものは瞬きと等しいくらいに。
「人間になりたいんだよね」
最近の俺の口癖。
「Midnight Roseだって俺くらいになるとすぐに見付けられちゃうのよ!」
以前からの俺の探し物Midnight Rose。
真夜中の薔薇と呼ばれる幻の花。
それを手に入れたモノはどんな願いも叶えられるという。
茂くん―そう呼ぶことにした―が薔薇を切って持ってきてくれた。その生気が俺の食事。
茂くんは血を吸っても良いよって言ってくれたんだけど、遠慮した。
「(おっさんだし煙草吸ってるし)」
要するに不味そうだったからなんだけど。
「松岡、買い出し手伝ってぇな」
「無理」
「えー穀潰し!!」
「なっー…!?あのなぁ俺は吸血鬼なの!太陽に当たると灰になっちゃうの!!」
「…にんにくも十字架も平気なのに…?」
うん、と肯いてみても彼は納得のいかない様子。
少し何かを考えていたと思ったら、満面の笑みを浮かべて彼は言った。
「じゃあ試してみよ!」
「はあぁぁぁあ!!?」
何でよ厭だよ!と叫べば、僕の知的好奇心を満たすために、とかほざきやがった。
「(知的好奇心の為なんかに殺されてたまるか!!)」
その日一日は茂くんとの攻防戦だった。
恐ろしく無駄な事に時間を費やしたと思う。まぁ、やることなんてないんだけれど。
「なぁ、自分何歳なん?」
「何唐突に。…数えても意味無いんだけどね、9999歳だよ」
「次の誕生日で一万歳!?うわ、誕生日何時なん?感動的な瞬間に立ち会えるなんて嬉しいなぁ」
「…別に。誕生日なんて」
苦々しげに顔を歪めた俺を彼は不思議そうに見た。
思わず自嘲の笑みが漏れる。
「吸血鬼にも、色々種類があるわけ。しかもうちらは階級社会なの」
「―吸血鬼が階級社会…」
「そ。で、ネイリオスは最下級」
茂くんの顔が曇る。意味を理解したらしい。
聡い人間は好きだ。
愚かな人間は嫌いだ。
傷を抉って喜んでるような奴等は滅びれば良いと思う。
では、聡いと同時にどうしようもなく愚かな人間は。
救いようがないくらい臆病な吸血鬼は、どうしたらいい。
「吸血鬼も色々大変なんやなぁ」
「まぁ、五十歩百歩でしょ。大差ないよ」
「でも、少なくとも日の本は階級制度は廃止されたやん」
「…まだ、完全に無くなったわけじゃない」
彼は瞳を伏せて小さく肯いた。
でも、と口を開く。
「誕生日は、嬉しいもんやない?」
「―俺は、そうは思わない」
彼の瞳が揺れたことに俺は気付かないふりをした。
「生まれて来なきゃ良かったと、何度思ったことか」
しかし臆病な俺は死を選ぶことが出来なかった。
だから幻の花に賭けたんだ、俺の人生全てを。
彼の顔が強張ったのを見て、それを口にしたことを少しだけ後悔した。
でも、これは嘘じゃなかったから、彼はただ情報として聞き流せばいいのだと思った。
「僕は…」
「いーよ、何も言わなくて」
言葉を探している彼とこのまま会話を続けたくなくて、俺は踵を返した。
「松岡…!」
「1月11日」
「―ぇ?」
「俺の誕生日」
呼び止めた彼を黙らせるかのように言葉を重ねる。
彼はそれ以上追求してこなかった。
なんだか、ほんの少しだけ、惨めになった。
次の日からの茂くんは、何だか行動派だった。
いつもなら引き籠もっているのに、何かと俺を構おうとする。
そんなことをして欲しくて話したんじゃないんだけど、―厭じゃなかったから、困った。
友達が出来てしまったら、俺は独りぼっちになってしまう気がして。
彼は人間だから、長くは一緒に居られないから。
刻一刻と近づいてくる誕生日を迎えるのが、何だかとても複雑な気持ちでいっぱいだった。
そして迎えた1月11日。
朝普通に起きて聖堂に降りていった俺は吃驚した。
机の上にはたくさんの料理が並べられ、真ん中には特大のバースデーケーキ。
それは薔薇をふんだんにあしらったお洒落なものだった。
「誕生日、おめでとう」
彼が微笑む。俺は何も返すことが出来なかった。
「吃驚させたかってん、どうや?」
「…不本意ながら、…驚いた」
そう返すと、彼は本当に優しく微笑んだ。
温度なんか在るはずないのに酷く温かく感じたんだ。
「さぁお食べ!存分に食すがいいさ!」
「…誰の真似だよ…」
わかんねー、と俺も笑う。
嗚呼、彼と居る時間がこんなにも心地好いなんて。
何て残酷な運命。
「美味い…」
料理を口に運んで、更に驚く。
人間の料理のくせに、美味い。というか、料理できたんだね茂くん。
彼は満足そうに再度微笑んだ。
「なぁ松岡」
「何?」
「あんな、」
「うん?」
一度口を閉じて、彼は俺の手を取った。
「ありがとう」
「…何であんたが礼を言うの」
言わなきゃいけないのは俺の方だ。
こんなに嬉しいこと、初めてかも知れないのに。
「誕生日、おめでとう」
この言葉がこんなにも嬉しいものだったんて、どうして俺はもっと早くに気付けなかったんだろう。
「僕は松岡に会えて嬉しかった。松岡が生まれてきてくれたこと、感謝したい」
そして、彼の意図にどうして気付けなかったんだろう。
「プレゼント」
「茂っ…?!」
ふわりと笑った彼の体が眩しく光って、蛍みたいに儚く消えた。
残ったのは闇に輝く一輪の薔薇。
そう言えば聞いたことがある。
Midnight Roseは人間に寄生する花で、どうして幻と言われるかというと、寄生した人間の最期の
願いをきいて消えてしまうからだと。だから、寄生され死んでしまう人間しか見れない、幻の、花。
今俺の目の前にあるのは、Midnight Rose。
血よりも紅く闇より黒く、俺の好きな紫を含んだ真夜中の薔薇。
「何でだよ」
何のつもりだ、これは。
誕生日プレゼント?あんたの最期の願いが、俺に願いを譲ることだっていうのか。
だって俺は自分のことしか考えてなかった。
人間になりたいって言ったのだって。
「(なんて愚かなんだろう)」
あの人の命をかけてまで願う価値なんて有りはしないのだ。
「(あぁ、Midnight Rose!)」
あの人を生き返らせて!
みんなに愛されずっとずっと長生きしますように!
薔薇は一際眩しく輝いて、消えてしまった。
何も起こらない。
彼は戻ってこなかった。
涙が出ればいいのに。
人間みたいに泣き叫んですっきり出来ればどんなに良いことか。
あー、また俺は自分のことばかり。こんな俺が願ったからダメだったの?
彼は、人間のくせに、―俺なんかよりもずーっと素晴らしい生き物だったね。
ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
謝っても、遅い。声が涸れるまで叫んだって、彼は戻ってはこないだろうことを俺は悟っていた。
それから千年。
あの人の場所を動きたくなくて、俺はあの人の生きていた証を育てながら生きてきた。
そして今日、俺の誕生日も、薔薇に水やり。
毎日毎日薔薇を見てあの人を思い出す。
「…松岡?」
その時、俺を呼ぶ声が聞こえた。
居るはずがないんだ、俺の名前を知っている人間は、この声の主は。
それでもやっぱり無視できなくて、俺はゆっくりと顔を上げた。
温室の外に立っていたのは、城島茂。
有り得ないんだけど、間違えるはずがないんだ。
俺は温室を飛び出し太陽の下彼を抱き締めた。
彼は消えたりしなかった。確かにある、腕の中の感触。
「また、逢えた」
「…うん」
彼は俺の背中を優しくさする。
「…逢いたかった」
「―俺も、茂、くん」
彼が静かに俺から離れる。
そしてとびっきりの笑みを浮かべてから、抱き締めてくれた。
「誕生日おめでとう!!」
「…!ありがとう!!」
胸がいっぱいになって、言葉に詰まった。
信じられなくて、でも確かにこれは現で夢じゃなくて。
嬉しくて嬉しくて、涙が頬を濡らした。
吸血鬼が涙を流すなんて聞いたことがないし、太陽の光に当たっても灰にならなかった。
「(あぁ、ありがとうMidnight Rose!!)」
彼は生き返った!
俺は人間になった!
俺は教えてもらったんだ。
祝ってもらう喜びと
一緒に過ごす楽しみと
誰かを失う悲しみを、彼に。
そして、どんなに大切だったか理解するのは亡くした後だってこと。
「ありがとう!」
どんなに叫んでも何度繰り返しても足りないくらい感謝しています。
なんて幸福な運命。
あなたの微笑みに出逢えた私は
煌星をその手中に収めたごとく
儚く優しい淡き光に
涙と共に包まれ
消えた。
俺が最期に目にしたのは、彼の笑顔。
彼の顔は涙でぐちゃぐちゃだったけれど、それでも。
彼は俺のために笑ってくれていた。
ほんとうに、ありがとう。
ありがとうありがとうありがとう。
この想いが、あんたに伝わればいいな。
あんたは本当に素晴らしい人間だよ。
あんたと出逢えた俺は、幸せ者だったんだ!!
END
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「薔薇コンビ祭り」開催おめでとう御座います!
紫&緑祭りを心待ちにしていたので参加させていただけて嬉しいです。
設定が無理矢理すぎる上にちょっと暗くなってしまいました(苦笑)
皆様の素敵作品を心から楽しみに、祭りの成功とそして自作品が浮かないことを願って。
2005/12/31 熾双 鬨播拝
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