知ってた?俺はとっても欲張りなんだぜ?
Jardin miniature(箱の中)
俺たちが初めて顔を合わせたのは夏の蒸し暑い日だった。太陽はまるで
世界を燃やし尽くしてしまうんじゃないかというくらいに燦然と輝き、熱は
若干の湿気を含んで鮮やかな緑を巻き上げる。空は突き抜けるように
青い蒼天で、白く大きな入道雲がゆっくりと流れていた。
今でも鮮明に覚えている。あの時の昂揚を、舞い行く鳥や葉の軌道まで
もはっきりと。それほどまでに俺はあんたに惹かれた。あんたの瞳の強さ
に憧れ、その佇まいに陶酔した。俺にとってあんたは世界の全てで、
俺の世界はあんたを中心に回っていると言っても過言ではない。
この闇の世界で生きていくために必要なものは冷徹な心と先を見通す
眼、そしてどれだけ慎重に克つ迅速に仕事をこなせるかだ。あんたは
どれをとってもパーフェクトだった。誰にも媚びず人を信じず、下の者には
眼もくれない。俺はあんたを目標として頑張った。
あの日からずっと、俺の世界はあんただけだった。
「あれ?坂本くん、何処行くの?」
カランカランと落ちていた空き缶を蹴飛ばしながら歩いていたら、見覚え
のある顔が壁に寄りかかっているのが見えた。少し明るい茶色の髪に黒
のロングコートに白い手袋、シルバーのネックレスに少しごつい十字架の
ブレスレット。見間違えるはずがないそれは俺の大好きな坂本くんだ。
「よ、井ノ原。仕事だよ仕事」
「え?俺には命令出てないよ!」
不満げに口を尖らせてみせれば坂本くんは当たり前だろ、と呆れて見せ
た。俺は坂本くんが構ってくれたと、それだけで嬉しくなる。彼の端正な
顔つきが、好きだ。
「階級(クラス)が違うんだから」
「ずっる!だって俺と坂本くんはバディなのに!」
「はいはい、でも今回はお留守番ね」
じゃ、またな。坂本くんは俺に背中を向けるとさっさと歩いていってしまっ
た。俺は彼がそれを伝えるためだけに俺を待っていてくれたのだと勝手に
解釈して、また嬉しくなる。顔が緩むのを止められなかったが、それを咎
める者は此処には誰も居なかった。それに、俺が嬉しくなる理由がもう一
つ。シルバーのネックレスだ。アレは俺が初めて給料を貰ったときに特注
で創ってプレゼントしたもので、坂本くんはあれからずっとアレを身につけ
てくれている。くふふ、と笑って、俺はゆっくりと歩く。
坂本くんは易い言葉でいうなら「殺し屋」組織の一員だ。俺は小さな頃此
処の副ボスに連れられて此処に来た。そして坂本くんに出逢ったのだ。
初めは怖くて仕方なかった。人を殺すこともそれを平気で実行する坂本く
んも渡された銃もどれも。坂本くんはまるで自分の手足のように銃もナイ
フも使いこなしていたけれど、俺はとてもじゃないけど持っているのがやっ
とだった。坂本くんはとても冷めた眼でいつも俺を見下ろしていた。
でも俺はその怖くて仕方ない坂本くんが大好きだった。彼の作るご飯は
とても美味しかったからだ。ぶっきらぼうで言葉数が少なくて、いつも怒っ
たような顔をしていた坂本くんだけど、子どもながらに、いや、子どもだか
らこそ坂本くんがホントはとても優しいことに気付いていたんだ。
俺は重い銃を捨てて坂本くんにナイフを教えてもらった。こっちの方が性
に合っていたらしく、俺はぐんぐんと技術を上げていき、坂本くんとバディを
組めるまでになっていた。
「今日のご飯はなぁにかなっ♪」
俺はスキップをしそうな勢いで薄暗い廊下を駆けていった。
「あれ?井ノ原じゃん」
「おぉ、その声とそのアヒル口は松岡!」
「どんな判断基準だよ!!!」
急に呼び止められ、俺は声の主を捜す。そしてよく知った顔を見付け、笑
った。そいつは俺の悪友、松岡昌宏だった。松岡は短い髪を立て、サン
グラスをしている。眼が光に弱いためだ。その代わり夜目が利き、この世
界では一種のステータスになっていた。
「今日は一人なわけ?」
「坂本くんはお仕事。そんなお前も一人じゃん」
「長瀬は太一くんとこ。まぁた武器壊したんだぜ?」
長瀬は松岡のバディだ。この世界に住む人間にしては明るく、脳天気な
人間だ。
――…人のこと言えないって?何言ってんの、俺は結構真面目なのよ?
まぁ、いいわ。
で、太一くんってのは俺らの武器の調整をしてくれる人のこと。背が小さく
て結構童顔なんだけど、言うと怒る。怒ると怖いよ、プロレス技かけてくる
から。
付け足すなら、松岡の飯も美味い。まぁ、俺の坂本くんには敵わないんだ
けどねっ!!
「ま、いいや。呼び止めて悪かったな。そろそろ坂本くん帰ってくるんじゃ
ね?」
「もうそんな時間!?まぁっ迎えに行かなくちゃ!!」
「キモイ」
「んですって!?」
「あぁ!?」
俺が松岡の胸倉を掴もうと手を伸ばしたとき、「邪魔や」と静かな声が狭
い廊下に響いた。俺と松岡は咄嗟に声の主を睨み付ける。艶やかな少し
長めの黒髪に、整った顔立ち。関西弁の彼―岡田は、酷く冷めた眼で俺
を見ていた。
「んだと?」
「聞こえへんかったん?邪魔や言うたんや」
「あらあらごめんなさいね、えーと、長野の追っかけ」
「坂本のくっつき虫にいわれとうないわ」
「俺と坂本くんは対等だ。足手纏いのお前に言われたくないね」
そう言えば、岡田は気色ばんだ顔をして拳を握った。そして俺を一睨みし
て松岡の横をすり抜け、歩いていった。俺はその後ろ姿を見ながら勝ち
誇った笑みを浮かべる。はっきり言おう、俺は岡田が嫌いだ。正確に言え
ば、岡田がくっついて回っている長野博という人間が大嫌いだ。長野は
俺の坂本くんにちょっかいかけるから、嫌い。長野の毒殺の腕は認める
けど、坂本くんのバディを狙うには百万年はえぇんだよ。
少し心配そうな顔をして俺を見ている松岡ににっこりと笑って、じゃな、と
俺は踵を返した。
長野は坂本くんには劣るけど、組織のトップクラスに居る人間だ。岡田が
告げ口をすることを考えて心配してくれて居るんだろう。でも、大丈夫。俺
は岡田なんかに負けないし(だって俺の師匠は坂本くんだ)、岡田は告げ
口するような負け犬じゃない。
「あvさっかもっとくーんっ!!!」
お目当ての坂本くんは少しだけ疲れた顔をしてた。どうしてだろう?坂本く
んでも骨の折れる仕事なんて滅多にないはずだ。例えば高いところだっ
たり森の中(特に春と夏は坂本くんにとっては危険だ)だったり。
「おう、井ノ原」
「どうしたの?何かあった?」
「井ノ原」
坂本くんは俺の質問を無視して情けなさそうに眉を下げた。俺、この顔嫌
い。坂本くんにはいつもニヒルに笑ってて欲しい。
「笑って」
それであんたが笑うなら、俺は幾らでも笑うわけ。
解るかな、この気持ち。
「えへへ〜」
「はは、ぶっさいく!」
「何おう!?そのぶっさいくな顔に癒されてんのは何処の誰よ!?」
「俺だよ」
さらりと言い退けられてしまって、思わず言葉を忘れた。ちょ、ドキドキしち
ゃうじゃない!
坂本くんは俺の頭を撫でて、それから真っ黒な―よくみれば血が付いて
いた―コートを脱いで、捨てといて、とコートを俺に渡す。珍しい。坂本くん
が返り血を浴びるなんて。可笑しい。今日の坂本くんは変だ。
俺の勘は良く当たる。良くないことは、特に。からからに乾いた風が俺の
焦燥を煽るように吹く。変えたばかりの照明が、チカチカと点滅した。
「坂本くん―…どうしたの?」
「別に?」
「嘘だ。――まさか、あの剛とかいうガキのこと気にしてるわけ?」
「違う」
坂本くんは即座に否定した。何をそんなに焦っているの?坂本くんが焦れ
ば焦るほど俺は冷静になっている。坂本くんは気にしてるんだ。この間の
仕事で一人だけ殺しそびれた剛ってガキのことを。
怒りで眼が眩んだ。廊下の突き当たりで行き場を無くした風が渦を巻く。
木の葉が、高く舞い上がった。
「あの道化(パフォーマンス)に踊らされるつもり?」
俺と坂本くんで行ったとある研究者の屋敷。森田博士夫婦の自宅兼研究
所だった。任務は簡単だった。広いわりに警備の人間はごく少数。こうい
う研究者って、自分の研究を盗まれるのが嫌いだから、警備の人間を置
くけど信用してないから少ないんだよ。その代わり機械のセキュリティは
凄かったぜ。まぁ、電気切っちゃえばお終い、なんだけどね。
そんなこんなで侵入してちゃっちゃと任務をこなして、研究データを奪っ
て、―あとは家を出るだけだった。子どもがいただなんて聞いてなかっ
た。
ガキが一人、部屋の入り口で突っ立ってた。その大きな目を見開いて、
死んだ自分の親を凝視して。そして、俺らをその瞳に映して。
「何で、殺しちゃったの?」
どうして?やらなきゃ、俺らが生きていけないからさ。それも変な話だよ
な。
坂本くんは優しいから、そのガキの言葉に躊躇したようだった。目撃者は
殺さなきゃいけないのに、坂本くんはそのガキを生かした。名前を剛とい
った。
「抜けたいとか思ってるわけ?」
「…―あぁ。お前に譲って、剛を育てようと思う」
「巫山戯んな!!!今更俺を捨てるのか!?」
「お前は、もう一人でも十分やっていける」
本気で言っていることは眼を見れば解った。でも、納得なんかいかない。
坂本くんは、俺の世界だ。その世界が今崩壊しようとしている。そんなの
許せない。
「だったら俺も連れてけよ。あんたが今更普通の生活送れると思ってん
の?」
「井ノ原――でも、な。疲れたんだよ」
「俺は着いていくから。譲るなら長野に譲れよ」
困ったような、表情。解ってる。あんたの優しさは十二分に解ってる。それ
でも俺の人生は俺が決めたいんだ。あんたは俺の世界だ。世界がなくち
ゃ人生なんて無いんだよ。
「追われるぞ。裏切り者は」
「承知の上だって。それでも俺はあんたといたいの」
「松岡とだって、もう敵同士になる」
「―それでも、俺は坂本くんをとるよ」
「井ノ原…」
「しつこいな!もう決めた!絶対ついてくから!!!」
坂本くんの言葉を遮るように声を荒げれば、坂本くんは驚いた顔をして、
そして呆れたように笑った。
「馬鹿な奴」
坂本くんは笑った。俺の好きな笑みで笑った。
馬鹿はあんただ。俺にはあんたしか居ないの、まだ解らない?
そう言ってやろうかと思ったけど、止めた。結局坂本君は理解できないん
だ。だから俺は坂本君が理解できるまでずっと一緒にいる。出来たって、
離れないけど。それはきっと一生もので、――そう、一生。言葉にするの
は簡単だけど、きっといろいろあると思う。それでも、俺にはそうすること
が当たり前で、そしてそれが一番幸せなことなんだと思う。
俺たちが初めて顔を合わせたのは夏の蒸し暑い日だった。太陽はまるで
世界を燃やし尽くしてしまうんじゃないかというくらいに燦然と輝き、熱は
若干の湿気を含んで鮮やかな緑を巻き上げる。空は突き抜けるように青
い蒼天で、白く大きな入道雲がゆっくりと流れていた。
俺たちが組織を抜けたのは冬の寒い薄暗い日だった。太陽は隠れ世界
は霧に覆われ、乾いた空気は肌を刺すように冷たい。灰色のクラシカル
な世界は、まるで色を無くし、それでもきらきらと光っていた。
あの日からずっと、今までも、そしてこれからも俺の世界はあんただけ
だ。
坂本くんの隣には俺だけではなくなってしまったけれど、坂本くんの右腕
は俺だけだ。相変わらず容赦なく刺客が送られてくる。だけれど、俺たち
はそれを上手くあしらって生きている。たまに松岡達が遊びに来たりもす
る。俺たちが抜けてから、組織がまるで葬式のように暗くて面白くないん
だと。いいのかね、敵同士なのに。
坂本くんは組織にいた頃よりもずっとよく笑うようになった。坂本くんが笑
うと俺も嬉しい。世界に光が差したように明るくなる。
狭い狭い、俺だけの世界。
俺はそれしか知らない。それだけしか要らない。
それだけで俺は、十二分に幸せなんだ。
(僕だけの世界)
End...
素敵なお祭り開催ありがとうございます!
こんな作品で(しかも黒背景;)浮いてしまわないか心配ですが
そんなことよりも皆様の作品が楽しみです!
管理人様も管理運営大変でしょうが、最後まで頑張ってくださいませ。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
お題:ruinous669(携帯)
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