みんないなくなればいい






































悲しみの底で呪うように吐き出されたた言葉は、

今でも俺の心に重くのしかかっている。









































* 光と闇 -罪と罰- *

































グロリア インエクセルシスデオ
























讃美歌が協会内に響き渡る。聖歌隊が歌っているのではない。
壇上にいるのは一人の男だった。
その歌声は透明でいて圧巻、オレンジ色のスポットライトは、
まるで神に祝福された神子のように男を照らし出している。

















グロリア

















急に歌声が止まった。男は閉じていた瞼を開く。鋭い視線が、影を捕らえた。


「またお前か、松岡」
「はは…、またバレちゃった」


破れかけたカーテンの影から出てきたのは、ひょろりと長い印象の男だった。
松岡は影人と呼ばれる影を操る能力をもつ。
その能力を持ってすれば影の中に身を隠すことも容易い。
特殊な能力で、影人の存在は稀だった。


「お前も暇だな」
「坂本くんに言われたくないな。ね、まだ怒ってるの?」


射るように睨まれ、その威圧感に気圧されながらも松岡はまた口を開く。


「まだ怨んでいるの?」
「もう…吹っ切れた。シゲくんのせいではなかったし、恨む理由なんかない」
「違う、俺が言ってるのは坂本くんのことだ」


リーダーが言ってた。誰かを恨まなくちゃ生きていけないと。
リーダーはリーダーを怨んでくれればいいと言っていたけど、
坂本くんはリーダーを恨んだりしていない。






じゃあ、誰を?

















「坂本くんは自分を恨んでるんだ」


















坂本くんから出た殺気は、あの日リーダーに向けられたものと酷似していた。

































 ・ ・ ・ ・ ・ ・



























ガタァン、と乱暴にドアが蹴り破られた。
長瀬は驚いてナイフを構える。そして再度驚いた。
入ってきたのは、今まで見たことがないくらいに狂気を帯びた坂本だったからだ。
服は血を吸ったようにどす黒く、それを肯定するかのように漂う鉄の錆び臭い。


「坂本く…」


彼を呼ぶより早く、長瀬の意識は途切れた。
一点を目指して走る坂本は、目的のもの以外眼中になかった。
異常を感じた太一が投げた細長い針も簡単に落とされ、
松岡の影でさえも防がれた。
組織のNo.2の実力を目の当たりにして、松岡は震えた。







「城島ぁあぁぁ!」







城島を見付けるや否や坂本は拳銃を乱射した。
城島は咄嗟に避ける。訳が解らなかった。
騒ぎを聞いて駆け付けた山口が仲裁に入ろうとするも坂本は聞く耳持たない。
坂本の放った弾丸が城島の右足を貫通し、城島のナイフが坂本の拳銃を地に落と
したのが、ほぼ同時だった。
すかさず山口が坂本の鳩尾を殴り、そのまま羽交い締めにする。
坂本は咳き込んだあと、全てを放棄したように大人しくなった。


「どないしたん…坂本」


城島の問いかけに坂本の肩がピクリと動く。


「どうして…だって?こっちの台詞だ!どうして売った?!」
「何を…」
「第七研究所と十三研究所だっ」


城島は困惑したように山口を見る。山口もまた眉をひそめて坂本を見ていた。


「死んだ!みんな死んだ…!岡田も剛も長野も健も、…みんな!」
「な…んやて?」
「井ノ原も、もう助からない!何故だ!何で、…どうして」


苛烈な怒りを含んだ瞳から、涙が零れた。それきり坂本はまた黙り込んでしまう。
城島と山口は呆然と坂本を見詰めた。



「井ノ原は…!?」



松岡が勢い良く部屋に駆け込み坂本の肩を掴む。坂本はゆっくりと瞬きをした。
涙が、ビー玉のようにきらきら光って落ちた。


「もう…無理だ」
「まだ解らないでしょ!?何処なのさ!」


松岡の勢いに気圧されたのか、1%の可能性に賭けたいと思ったのか、
…現実を見せ付けたかったのか。
坂本は小さな声でうめくように言った。





「第七研究所の、地下…」

































 ・ ・ ・ ・ ・ ・
































山口の運転で、第七研究所へと急ぐ。焼け落ちた建物は見るも無惨だった。
瓦礫を避けながら走る。地下へと続く階段には、何かを引きずった後のような血の
跡が続いていた。
階段を、下りる。小さなドアを潜れば、薄暗い部屋に出た。
長瀬は息を飲んだ。部屋の隅に横たえられていたのは、知った顔だったからだ。


「井ノ原!」


たった一つのソファーに寝かされていた悪友を見付けて松岡が駆け寄る。
包帯も服も血塗れで、助からないだろうことは一目瞭然だった。


「坂本…くん?」


吐息のような脆弱な問いかけに、坂本はゆっくりと息を吐くことで気持ちを落ち着か
せようとした。


「此処に居るよ、井ノ原」
「見えない…何処?」
「すぐ傍に居るよ」


坂本はそう言うと、膝を折り床に座り、そっと井ノ原の手を握った。


「坂本、く…」
「ん?」
「ごめ、ね?」


見えない眼で坂本を見据え、井ノ原は笑った。













「ありがと」














何に対しての謝罪で、何に対しての御礼だったのか。
井ノ原は見えない瞳をゆらりと動かし、城島を、松岡を見る。
























「みんないなくなればいい」























さかもとくんをひとりにするせかいなんて、なくなっちゃえばいい。




























「井ノ原!!」






悲鳴のような坂本の悲痛な叫びを聞きながら、松岡はかくんと力が抜けて落ちた
手を、まるでブラウン管の向こうの映像のように捉えていた。
涙は出なかった。実感が無かったからだ。
悪友は世界を恨みながら死んでいったのだろうか。それはあまりにも悲しすぎる。
坂本が、顔を上げた。頬は濡れていたが、泣いてはいなかった。



「これがあんた達の意思か」



低く紡ぎ出された声は鋭く松岡の心に届く。
城島を見れば、じっと、井ノ原を見詰めていた。


「上の、意思や。僕らは何も知らされていなかった。ただ殲滅を命じられただけや」
「信じて、イイの?じゃないと俺、本気であんたら殺すよ?」
「信じろ、坂本。上行って、それでも信じられなかったなら、俺には何を言う権利は
ない」
「…山口」


坂本は、それ以上何も言わなかった。解っていたのかも知れない。
松岡も、何も言えなかった。




































 ・ ・ ・ ・ ・ ・



































「恨んじゃいない。少なくとも、お前達は」
「坂本くん」
「やるせないのと恨むのは違う、松岡。どうしても許せないだけだ」


松岡は壇上に上り、坂本の隣に立つ。
いつも、坂本は此処で何を思っているのだろうか。







「…みんな、恨んでるかな、俺たちを」







ぽつりと、漏らす。どうしても引っかかって抜けない疑問だった。

坂本は何も言わない。肯定も否定もしない。







沈黙が、もの凄く長く、重く感じた。















































「恨んでは、いないだろう」





















沈黙を破り発せられた言葉は、松岡の予想とは違うものだった。
思わず坂本を凝視する。坂本は、無表情のままだった。


「あいつらは…あいつは、お前らのことも凄いすきだったから、きっと恨みやしない。
よく考えてみろ、松岡。お前の知る井ノ原はそんな心の狭い奴だったか?」


俺は首を横に振る。振っているうちに、滴が跳ねた。涙だった。
あいつが死んでから、俺は初めて泣いた。






「恨んじゃいない。お前らは俺を一人にしなかったしな」






そう言って、坂本が漸く(それはぎぎこちないものだったが)、微笑した。



































グロリア


























あなたたちが、幸せでありますように。









































End...














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拍手の長さのはずだったのに。
予想に反して長くなってしまいました。
























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