撃たれた男は瀕死の重傷だった。
その男は呼び掛ける大下に必死に何かを言いながら、泣いていた。







+ Valse de mois  +








その男−都筑力(つづきつとむ)は、気質の人間ではなかった。
抗争の末殺されたのだろう、と写真を見ながら鷹山は言う。
大下はそんな鷹山を睨むように見る。


「タカは少しデリカシーがないんじゃないの?」
「何の話だ」
「宝ちゃんのこと」


そう言えば、鷹山はまたその話か、と厭そうに眉を顰めた。
その態度に憤りを感じて拳を握る。
宝はまだ12歳の女の子だ。
父親を殺されて泣きじゃくるその女の子を、鷹山は怒鳴りつけたのだ。


「いいじゃないか、そのお陰で早くに容疑者が割り出せたんだ」
「でも、宝は疵付いてるのに!」
「そのあとちゃんとフォローしといただろ?」
「タカは、ほんとに事件のことしか考えてないのな。
もうちょっと気遣ってやれよ、可哀想だろ!?」
「ユージ。−お前は、感情移入しすぎだ」
「…タカがおかしいんだよ。本当に、デカマシーンなんだな」


もうその話題は飽き飽きしている、とでもいうように鷹山は立ち上がり
何も言わず部屋を出ていった。
大下はぎゅっと唇を噛んだ。
都筑の最期の言葉が頭に反響して離れないのだ。
彼が涙しながら死ぬ間際まで気にした娘の今後。



















「宝」


呼べばびくりと体を震わせた。
宝は様子を窺うようにそっと大下を見上げる。
それに安心させるように微笑んで、大下は宝の隣に座った。


「ごめんね、怖かっただろう?あのおじさん」


鷹山のことを指しているのだとちゃんと伝わったようだ。
しかし宝はゆるく首を横に振った。


「いいの…それで、パパをころしひとたちがはやくつかまるなら」
「宝…」
「いいの、怖くなんかない。
それだけいっしょうけんめいだってことでしょう?」


その言葉に驚いた。
まだ12歳の女の子が、こんなにもしっかりしているなんて。
そんな大下の心中を知ってか知らずか宝は続ける。


「それにね…あのひと…。ううん、何でもない」


そうして宝はふわりと微笑んだ。
涙の後がまだ残る頬をそっと触る。
宝はくすぐったそうに首を竦めた。

宝に母親は居ない。小さい頃に別の男と逃げたそうだ。
宝はずっと父親と生きてきた。
人相の悪い男たちに囲まれ、暴力を傍で感じながら。
それでも彼女は幸せだったのだという。
都筑力が、何者かに殺害されるまでは。



















「都筑は多額の借金を背負っていますね。
やはり娘を養えるほど収入がなかったようです。
大半は学費や生活費等、組関係においては娘が心配でか
ヤバイ取引には一切関わっていませんね」
「となると、金関係か?」
「こいつら…銀星会の下っ端の奴等から聞き出した情報なんですが、
本堂学、渡辺信次、前科在り、どうやら借金のかたに娘を売るとかなんとか
脅していたらしいです。出来ないなら臓器を売れなどと言って」
「間違いないな?」
「確証は在りませんが」


うむ、と唸って、近藤は辺りを見回した。
そして鷹山の相棒の姿がないのに気付く。


「おい、大下はどうした」
「都筑宝と一緒にいますよ」
「そうか。…気の毒になぁ」
「俺らが出来ることは、一刻も早く犯人を捕まえることです」


言い切った鷹山に、近藤は一瞬考えるように眉を顰めたが、頷いた。
鷹山はそれを見ると、コートを持って署を後にした。
近藤はイスを窓の方に回すと溜息をつく。
願うことは同じ筈なのに、過程が違うだけで擦れ違ってしまう。
不器用な二人だ、と思った。

















-貴方は何処にいるの?-
-時間の国の迷子-
-帰り道が解らないの-
-待って 待っているのに-




「宝、ついておいで」


手を差し伸べた大下の手を、宝は掴むことをしなかった。
躊躇うように手を見て、俯く。
丁度そこに鷹山が資料を持って入ってきた。


「ユージ」
「…何だよ」
「裏取りにいくぞ」
「一人で行けよ」


鷹山が車を運転できないことを知りながら、大下は突き放すように言った。
鷹山は盛大に溜息を吐く。
そして宝に手を差し伸べた。



「行くぞ、宝、お前もだ」



強い口調。それにまた大下は腹をたてたが、宝はその手をとった。
驚きに眼を見開く。
宝は、しっかりと鷹山を見詰めていた。




宝は迷子なのよ。

そういった薫の横顔を思い出す。
悲しみと憤りの入り混じった、小さな声だった。

たった一人の家族が、急にいなくなってしまったの。
ちょっと手を離してよそ見していたら、何処にも居ない。
手に微かに残った温もりだけが今宝を動かしているのね。





「ユージ、行くぞ」



それには応えないで、大下は後を追った。





-眠れぬ この魂は-
-貴方を捜し 森の中-
-「月の宮殿」の王子様が-
-跪いて ワルツに誘う-





宝は繋がれた手をぎゅっと握った。
鷹山はそれに応えた。ほんの少しだけ力を入れて。
それだけでほんの少し救われた気がしたのは、
きっと宝の気のせいではない。
見上げた横顔は父親のそれとは違ったが、
何処か不器用な優しさは同種のものだった。


気まずい空気が車内に立ち籠めたが、
それを破ろうとする者は居なかった。
宝は窓の外の流れる景色を見詰める。
鷹山も、宝とは反対の景色を眺めていたし、
大下はただ前だけを睨み付けるように見ていた。


ピピッ、と呼び出し音が鳴る。
大下は乱暴に無線をとった。


「こちら港303、大下」
「こちら港署、本堂学、渡辺信次の二名の身柄を確保しました。
303は宝ちゃんにお昼でも食べさせてあげてから戻ってきてください、どうぞ」
「303了解」


無線を切ると、大下はミラーで宝を見る。
そして努めて明るい声を出すと何が食べたい?と宝に訪ねた。
宝は何も応えない。そしてちらり、と鷹山を見上げる。


「大下刑事の奢りだ、何でも好きなものを食べなさい」
「なんでも?」
「何でも」


鷹山が頷けば、宝はやっと笑った。



















ファミリーレストランに入り、
ハンバーグを頬張る宝を見ながら大下はそっと息を吐いた。
大下は力を知らないが、それでも思うことがあった。
力は鷹山にどこか似るものがあるのだということを。
だから宝は鷹山に懐き、鷹山の手を取った。

淋しいのだろう。
だから鷹山の中に父親の面影を探すのだ。

鷹山は気付いているのだろうか。
大下には解らない、鷹山が何を考えているかなど。
鷹山のように、冷酷に感情を押し殺すことなど出来ない。


「ユージ、ちょっと出てくる」
「何処行くんだよ」
「食い終わる頃には戻るさ」


そう残して出ていってしまった鷹山を見詰める宝の眼は淋しそうだ。
また置いて行かれてしまうと言う不安もあるのだろう。
元気づけるように笑った大下に返ってきたのは想いもしない言葉だった。


「すぐ帰ってくるよ、あいつ」
「そうね、あなたがいるもの」
「…え?」


随分と大人びたしゃべり方をする女の子だった。
それが時折、妙に不安を煽った。


「どんなに遠くに走っていってしまっても、
光がみえるからかえってこられるの。
でも、わたしにはみえないの。どうして、あなたなの?
つれていかないでよ…」


泣きそうな瞳に、何を言えばいいのか解らなかった。
そのつもりはなかったが、
知らずの内に傷付けていたのは、自分だったのか。

















「よう」


戻って来た鷹山が手に持っていたのは小さな箱だった。
可愛くラッピングされたそれは、鷹山とは不釣り合いだ。
鷹山は若干強張っている大下の顔を怪訝に見てから、
その小さな箱を宝に渡した。
宝は首を傾げる。その頭を、鷹山は優しく撫でてやった。


「事件が解決したから、プレゼント」
「え?どういうことだよ!?」
「二人が自供した」


簡潔に述べて、鷹山は宝に包みを開けるよう促す。
宝は丁寧に包装紙を解いていく。
入っていたのは、木彫りのオルゴール。
タキシード姿のうさぎが、月を背負っている、
どちらかと言えば可愛くないもの。
うさぎは手にワイングラスまで持っている。
シュールな感じが漂うオルゴールだった。s





-求めるものは なあに?-
-誘惑の迷宮-
-ミルク色の 霧の彼方-
-確かな 愛が欲しい-





「曲名は「月のワルツ」。
宝、都筑力は確かにお前を愛していたよ」


鷹山の言葉に宝は頷いた。何度も頷いた。
幼いながらにも知っていた。
父親が自分を必死に守っていてくれていたことを、知っていた。


「俺は都筑の代わりにはなれない。だって全くの別人だ」


その言葉に顔を上げたのは大下だった。


「生きたかっただろう、お前と一緒に、ずっと。
でもそれは叶わぬ夢となってしまった。
でも、宝、都筑は覚悟はしていたんだろう、お前に新しい家族が出来るよ」


宝は涙で濡れた瞳を上げた。


「都筑の遠縁なんだが、都筑が死ぬ一週間前に訪ねて行ったらしい。
宝、都筑は最期までお前のことを考えていたよ。
お前の幸せを願っていた、きっと。だから、代わりを探すなんて事、するな」
「タカ」
「忘れろ何ていわない。きっとお前には酷なことをいっているだろう、でも。
都筑のために幸せになってみないか」


愛してる。愛してた。
鷹山の中に見た父が言う。
解っている、でも認めることなんか出来ない。
それでも、それでも。

オルゴールから音楽が流れた。

彷徨うのは、間違いじゃない。


「また、それでも。
あいにきてもいいですか」
「それで君が救われるなら。でも、逃げてはいけない」
「ありがとうございます」


ありがとう、と宝はいいながら泣いた。
押し止めていた枷が外れたように、涙が次から次へと流れてきた。


その小さな体で全てを抱え込むにはことは大きすぎて、
受け入れるにはまだ時間が必要で、支えが必要だった。



大下は愛しむような瞳で宝を抱き締める鷹山を、
何故だか泣きたい想いで見詰めた。






つれていかないで。


そう言った宝の気持ちが解った気がして。






優しく宥めるようでいて何処か物悲しいメロディーは、

それぞれの心を涙の色で染めていった。













End...







月のワルツ:諫山 実生「恋愛組曲」より
何か唐突にこの題名で話が書きたくなって。
ちょっと意味不明な話ですね。
結局何を言いたかったのか解らない…;;
題名は「月のワルツ」です。