汝自分を知れ。


水の流れを手で途切れさせることが出来ないように
人間はその体一つ、独りでは殆ど何も出来ないだろう。

掬える水は限られる。
指の隙間から水は零れ落ちる。
救える人は限られる。
救いとは何かを悟った者だけが顔を上げる。







+ チェス盤上のナイト +







昌行、と呼んだ声には牽制と少しの批難が混じっていたように思う。


坂本はゆっくりとした動きで己の名を呼んだ男を見た。
柔和な顔つきをしているのに、
今はその面影を少し残しただけの厳めしい顔をしている。
西訛りで話すその男は。坂本の主だった。

「何、シゲくん」
「やりすぎやろ、坂本」

そうだ、普段は坂本と呼ぶ。
何か諫めるとき、甘やかす時だけ名前で呼ばれる。
坂本は小さく首を傾げた。

「シゲくんを攻撃した」
「でも坂本が阻止して未遂や」
「俺が居なかったらシゲくんは怪我をした」

それだけでは済まなかったかも知れないのに、
どうして自分が怒られなくてはならない。
坂本は苛ついたように眉を寄せた。

「いつも言っとるやろ、暴力での解決は本当の解決やない」
「…これが一番手っ取り早い」
「殺したらあかんよ」
「どうして?生かしておいたらまたシゲくんを攻撃するかも知れない」

坂本は左手で襟首を掴んでいる失神した血塗れの男を冷たい瞳で一瞥し、
ナイフを強く握った。

「俺はシゲくんを傷付けるものを許さない。総て俺が排除する」
「坂本…」

城島は陰の差した瞳を悲しそうに細めて坂本を見た。


そんなことは望んでいないと言ったら、
彼の存在を否定することになってしまうだろうか。
それが恐くて城島は言葉に出来ない。
城島が彼の存在を認めないということは、彼の死を意味する。


彼は、城島を守る為だけに存在した。
それこそが存在理由であり存在価値である、アンドロイド。


城島が一歩坂本に近付くと坂本は男を引きずって一歩下がった。


「汚れるからだめだ」
「平気や」
「俺が嫌だ」
「そんなん僕も厭や」

城島は坂本に独りで汚れて欲しくないと思う。
坂本は城島に綺麗なままで居て欲しいと思う。

どちらの願いも叶うことはない。


城島は坂本の前に立って、男とナイフを優しく離させた。
坂本は血で汚れてしまった城島の手を呆然としたように見ている。
そして小さくごめんなさいと謝った。

「プログラムエラー、主に血が」
「大丈夫やで、昌行」
「すみませんマスター」

ごめんなさいを連呼する坂本を抱き締めて城島は喉の奥がじんとするのを感じた。

自分よりも背の高い男。
自分よりも少し若い男。
何も知らない城島だけのアンドロイド。

善悪など知らない。
基準は総てが城島。

彼がいつか城島と心の底から本気で笑い会える日は来るのか、
守るだけに存在するのではなく支え支えられる生活は来るのか、

それは誰にも解らない。


ぽんぽんと優しく坂本の背中をあやすように叩いて城島は泣き笑いのような表情をした。

「帰ろう、坂本。僕腹減ったわ」
「肯定。今日の夕飯は何にする?」

坂本は切り替えたように小さな微笑みを浮かべて城島の肩を抱いた。
興味を失ったかのように男の存在は既に坂本の中にはなかった。


城島は歩きながらちらりと倒れている男を振り返った。
いつか、解り合える時が来ると良い、そう思いながら。




城島は静かに眼を伏せて、そしてゆっくりと笑った。








END.





何だかなぁ…尻切れトンボさんだよ(ぇ
えーっと、シゲくんを守る為だけに生まれたアンドロイド坂本と有名学者城島。
作ったのは城島チームという城島をリーダーとしたプログラムチームで、山口と太一と他数名。
こっそりと城島を守るとプログラミングした山口と太一は戦争で亡くなってます。
自分たちが死んだ後も城島を守る誰かを作りたかった、それが坂本。
城島はそれが重くて、悲しい。………みたいな設定かな?(ぇ
雪人様、要らなかったら破り捨ててゴミ箱に捨てるか燃やしてしまって下さい(ぇ