昔々に男が一人森の中に住んでいました。
男は虫の類が大嫌いでしたが、それでも森の中に住んでいました。
男は長身で細身で強面で強い人でした。
男は森の中に住んでいました。
森人と呼ばれる男と一緒に住んでいました。
森人は柔和な顔つきで少し小柄で和やかな人でした。
森人は知っていました。
男が虫の類が大嫌いで暗闇がほんとうは苦手だということが。
でも何があっても一緒にいてくれることも解っていました。
森人が笑えば男もぎこちなくだけれど笑いました。
男は憂いた眼をそっと伏せて、笑いました。
男はコンクリートの冷たい世界を捨ててきた人間でした。
コンクリートの世界に居た仲間を、捨ててきた人間でした。
森人は笑いました。
男がほんとうは心の中で泣いているのを知っていて笑いました。
少しでも笑ってほしくていつも笑いました。
それが、男の心を抉るのだと森人は気付いていませんでした。
男が一人森に住んでいました。
森人と一緒に森に住んでいました。
『森の中の小さなお家』
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