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+ ONE FOR ALL ALL FOR ONE +
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「坂本くん、ご飯未だーぁ?」
「ちょっとちょっと、これアイロンかけといてっていったじゃんかよぉー」
「ねぇー坂本くん、俺のCD知らない!?此処においといたんだけど!!!」
剛、健、井ノ原に名前を呼ばれ文句を言われ、坂本は苛々としていた。
知るかよ、自分で管理しろよ、文句があるなら自分でやれ!!
と思うが、大人なんだから、と自分を沈め何とかそれに対応してきた。
坂本の家にはいつの間にか家主坂本の他に、グルメリポーターをやって
いる長野、素人ミュージシャンの井ノ原、小さな喫茶店を開いている剛、
コンピューター会社に勤める健、ピアニストの卵岡田が居候し毎日を賑やか
に暮らしていた。
ちなみに坂本は煙草、酒が大好きな医者だ。
何の繋がりもないこの六人はそれでも仲良く(坂本がいいように使われて
いたが)暮らしていた。
しかしそれはある日突然終わりを迎えた。
家主の坂本がキレたためだった。
「いい加減にしろよお前等!!!
此処は俺の家だ、俺はお前等の召使いじゃない!!」
「いいじゃん坂本くん、そんなに怒るなって、また老けるぞ」
「そうだよぉー、使われるって事はそれだけ信頼されてるってことだって☆」
怒鳴った坂本に剛と健は笑いを浮かべながら返した。
偶にキレるのだ、坂本は。それを知っているから慌てもしなかった。
しかし今回坂本は引かなかった。
「井ノ原も自分の物は自分で管理しろ!俺はもう知らないからな!!」
「そんなーーー酷いよ坂本くぅん!!」
「酷くない、当たり前だ!!もうお前等なんてしらねぇ、勝手にしろ、
俺は出てく、俺の居た有り難さを実感しろばぁか」
そういうと乱暴に扉を開けると坂本は自室に閉じこもってしまった。
それを見送ってから岡田が溜め息を吐いた。
「まあくんに頼りすぎや、みんな」
「でも坂本くんの飯おいしいし、それにあの人が一番手際が良いじゃん」
「そうだよー俺等何にも出来ないモン☆」
岡田に抗議の声をあげた剛と健はあの人も勝手だよな、
とぶつぶつ文句を言いながら自室に下がっていった。
井ノ原も口を尖らせてソファに座る。
「適材適所っていうじゃないのさー」
「それでも…俺等は何もやらなさすぎやった、」
どうするんや、と岡田が眼を細めても井ノ原の目の細さには敵わなかった。
井ノ原はうーん、と頭を掻いて、何とかなるんじゃない?
と更に眼を細めて笑った。
その翌日の早朝、坂本は誰にも何も言わず、手紙の一つ残さず、
最低限の荷物を持って本当に家から出て行ってしまった。
長野は今遠出をしていて居ないし、岡田は心配はしていたけれども、
あの心配性の坂本のことだからきっと帰ってきてくれるに違いないと
信じていたし、他のメンバーもそんなに深く考えていなかった。
「坂本くん、ほんとに出て行っちゃったんだね」
健が呆れた風に言った。
その隣で引き出しを漁っていた剛が眉を顰める。
「あの人の通帳がねぇ、はんこも」
「えぇー!?俺等の収入だけじゃ辛いって!!」
「さっかもっとくぅーん!!俺のパソコンにデータ送ってーって、坂本くんは?!」
金がねぇー!!叫んでいる剛と健の声に負けないくらいの大声をあげて
井ノ原がリビングに駆け込んできて、坂本の不在に首を傾げた。
「ほんまに出て行ってしもうた、まあくん…」
「えぇ!?明日までなのに!俺の原稿―――!!!」
井ノ原の叫びに岡田は眉を潜めた。
剛、健、井ノ原とゆっくり視線を移して、唇を噛む。
彼等は、自分のことしか考えてない。
突きつけられた現状の感情に、何だか無性に腹が立った。
それから一週間たっても、坂本は帰ってこなかった。
家は散らかり、剛や井ノ原の部屋は足の踏み場も危うくなっていた。
ご飯も坂本が居ないので本格的な物は出来ず、
インスタントやジャンクフードが主になっていた。
「坂本くんって、ほんと勝手。俺等が困るの解ってて出て行きやがって」
ぽつりと呟かれた剛の言葉に岡田は拳を握った。
引き出しを開けて、そして気付く。物の位置が微妙だがずれていた。
「なぁ、誰か此処触った?」
「さあ、でも誰も触ってないと思うぜ?あの人が出て行ってからそのまま」
「…そう」
いじられていたのはそれぞれの通帳、しかし無くなったモノはない。
岡田は一番下にあったはずの自分の通帳が何故か一番上に在るのを
不思議に思って手にとって、驚いた。
かなりの金額が振り込まれていたからだ。
そして岡田は部屋に戻って携帯で坂本の携帯にかけた。
しかし電源が切ってあるのか繋がらない。
今度は坂本が勤める病院にかけて、言葉を無くした。
それから岡田は一人で坂本の行方を調べた。
それから一週間後、やっと坂本の居場所を掴んだ。
岡田は愕然とした。ただ謝ることしかできなかった。
「…今、なんて…?」
「だから、坂本くん病院辞めとんねん。俺の口座に金も振り込まれたんや!」
みんなを集めて、岡田は努めて静かに叫んだ。
「可笑しいやん、坂本くんの家なんやから追い出せばいい!
何で、病院辞めて生活費振り込んでんねん!!」
「落ち着いて、岡田」
「落ちついとるわ!!」
肩に置かれた長野の手を振り払って、岡田は息を呑んだ。
そして小さく謝って、長く息を吐いた。
「坂本くんに謝らないかん、俺等は」
「出て行ったのも辞めたのも金振り込んだのも坂本くんの勝手だろ?!」
「そうだよ!!俺等には何の関係もー」
ない、と言おうとした健の言葉は岡田が健を殴ったことによって
続かなかった。
床に倒れ込んで健が呆然と岡田を見上げる。
剛が岡田に殴りかかろうとして長野に止められた。
「関係あるやろ!?此処は全部坂本くんのものやねん!!
何時まで意地張っとるんや!!!」
岡田の頬には涙が伝っていた。
みんなが沈黙する中、岡田の悲痛な声だけが部屋に響いた。
「まあくん笑ってた!ごめんなって俺に謝った!!
俺が謝らなきゃならんかったのに!!」
岡田に視線が集まる。岡田は吼えるように叫んだ。
「まあくんは気付いてた!だから離れた!俺等は気付かんかった!!!」
やっと見つけ出した坂本は、白い世界にいた。
はためく白の向こうの蒼を見ながら、一定の音だけを聞いていた。
「自分のことばっかりで、まあくんの事なんて考えてなかった…!」
崩れ落ちるように膝をついて、岡田は嗚咽を漏らした。
誰も何も言えなかった。状況がうまく飲み込めなかった。
時計の秒針の音がやけに大きく、煩いくらいに耳に響いた。
「どういうこと?岡田は坂本くんに会ったの?」
長野が岡田をソファーに座らせて、背中をさすりながら優しく訊いた。
岡田はゆっくりと頷く。そして口を開いた。
「俺、心配になって、探し回ったん。みんな、動こうともせんから」
「―うん、そうだね、ごめんね」
「坂本くんに謝りぃ。一番辛いのは坂本くんやねんから」
「…どうしてそんなこと言えるの、准ちゃん」
井ノ原が口を挟んで、岡田がゆうるりと視線を上げた。
睨み付けるような視線ではなく、何処か虚ろな視線だった。
「置いていきたくないのに、置いて行かなくちゃならなくて。
心配だけどもうどうしようもなくて」
「…岡田?」
「一番泣きたいのは坂本くんなのに」
ぽろりと涙が零れて、岡田の拳を濡らした。
叫びたいのも暴れたいのも、きっと坂本くんが一番だろう。
そう言って岡田は鼻を啜った。
「坂本くんは、−…何処にいるの…?」
今まで黙っていた健が口を開いた。
岡田は口を開いて、閉じた。
ぎゅっと唇を噛んで、もう一度口を開く。
そして小さな小さな掠れた声で、病院、と呟いた。
「此処が…」
井ノ原が大きな白い建物を前に口を開けた。
容態は、と訊いた長野に岡田は何も答えなかった。
ただ瞳を伏せて、暫く立ってから謝りに行こうと言っただけだった。
そうして、今岡田達は坂本の居る病院の前に立っている。
ひっそりと静まり返った院内は居心地が悪かった。
白い壁は光りを反射し眩しく光る。
綺麗すぎる空間は何処か別の世界だった。
「まあくん、入ってもええ?」
こんこんと岡田が扉をノックする。扉には「坂本昌行」と貼られていた。
「また来たのかよ…、まぁ、今は調子も良いし、イイヨ」
入っておいで、という穏やかな坂本の声に剛は何だか泣きたくなった。
岡田が扉を開けると、部屋の奥の窓の隣のベッドに坂本が座っていた。
個室なので坂本一人だけしか居なかった。そこは坂本だけの世界。
岡田が坂本のベッドの横の椅子に座る。
坂本は開けっ放しの扉を見て眉を寄せた。
「おい岡田、開けたら閉める、これ常識」
「閉めたら余計入ってこれない阿呆どもがおるから」
「は?」
訳が解らない、という風に坂本が扉を見ると
長野が果物を持って入ってきた。
それに続いて井ノ原、健と病室に入ってくる。
坂本は驚きに眼を見開いた。
「岡田、お前…」
「謝らななあかんねん、みんな莫迦やったん」
「それじゃ俺の出て行った意味がー」
「坂本くんも莫迦やねん、何で言ってくれないん…」
ぎゅうと坂本にしがみつくように岡田が坂本を抱き締めた。
「…解ったの、出て行く数日前だしさ」
「ねぇ坂本くん、…病名、は?治るの?」
長野が躊躇いがちに訊ねると、坂本は困ったように笑った。
「治るよね!またみんなで暮らせるよね!?」
健が坂本が口を開く前に叫んだ。
「健…」
「俺今度は頑張るよ、ちゃんと手伝うから、ね、早く治してよ、帰ろうよぉ」
「…そうだな、帰ろうか」
ふわりと坂本は微笑んで、健の頭を撫でた。
「もう、薬の治療も効果は殆ど無いにに等しいんだ」
「坂本くん…」
「末期ガンなんだよ、俺」
あはは、と坂本は笑ったが、他の誰も笑わなかった。
笑えるはずがなかった。
「ガン細胞の増殖進行が速くてさ、俺、
年とか老けたとか散々言われたけど、まだまだ若かったんだな!」
明らかに解る空元気。
みんなに心配かけまいと、そして自分が壊れないように。
坂本は、笑った。
「巫山戯んなよっ」
それまで部屋に入ってこなかった剛が勢いよく部屋に駆け込んできた。
そして乱暴に坂本の胸ぐらを掴む。
それを岡田が止めようとして、長野に制された。
「こんな時まで他人に気ぃ遣ってんじゃねぇよ!」
「ご、」
「怖ぇだろ!?何強がってんだよ!!
こんな時こそ頼れよ、怒鳴れよ!不安だって泣けよ!」
「泣くかよ、大人が」
「大人も子供も関係ないだろ!誰だって怖いさ、し、―…死ぬのは」
そう言った剛の眼には涙が滲んでいた。
「悪かったよ、俺等、あんたに頼りすぎてた…
しっかりするから、だから、…いかないで、何処にもいかないでよ…」
「そうだよ坂本くん!俺もちゃんと部屋片付けるし、
今に売れて楽させてやるからさ!」
「そう、だから、肩の力、もう抜いていいよ。
ごめんね、俺も支える側に立たなくちゃいけなかったのに押し付けて」
「剛…井ノ原、長野…」
ぐしゃりと、坂本の顔が歪んだ。
弱々しく頭を振って、剛の胸に頭を預ける。
俯いた坂本の瞳から涙が零れ落ちシーツを濡らした。
「怖い、んだ。恐かった。俺、医者だからさぁ、解るんだよ。
色んな人を診てきた、だから、…解るんだ」
「坂本くん…」
「俺、死んじゃうんだなぁって…そしたら、
お前等俺のことなんか忘れちまうんじゃないかって、…俺、恐かった。
解ってる、自分勝手だって事。残された人間が辛いって事。でも、でも…、
やっぱり怖くて、何でも良いから俺のこと覚えてて欲しくて、
だから家を出たんだ。……ごめんな、ごめん」
「…んなことあるかよ」
「不安で、押し潰されそうなんだよ。
俺だってまだ死にたくないよ…でも、転移も見られるし、もう」
「諦めないで、まあくんは独りじゃないやん。
いくらだって泣いていいんや、今度は俺等が支えるから」
独り、と小さく呟いて坂本は涙で濡れた顔を上げた。
ゆっくりと剛を見上げ、岡田、健とみんなの顔を見回し、そして笑った。
「俺は、独りじゃ生きられない。
みんながいてくれたから此処まで生きてこれた。
産み育ててくれた親や、友達、そしてお前らみんなが支えてくれたから」
「違うよ坂本くん、此処までじゃなくて、これからもだ」
井ノ原が笑えば、坂本もまた涙を浮かべて微笑んだ。
「独りでいいと思った、でも独りじゃ生きていけない。
俺は、それに気付いた、やっと」
「俺等も、坂本くんのお陰で気付けた」
長野がそう言えば、みんなが頷く。
坂本はぐすりと鼻を啜って涙を拭った。
「あと半年、俺、家に戻りたい。
此処は嫌だ、…迷惑かけるけど、戻ってもいいか?」
「何言ってんのさ!あそこは坂本くんの家だよ!」
「そうだぜ、それに、迷惑だなんて…俺等があんたに散々かけた分返せよ!」
健と剛が口々に言い、みんなで笑い合った。
みんな涙を浮かべていたけれど、それでも笑っていた。
嘆くことなんて、しなくていいから。
坂本は窓を開け放って、青空に叫んだ。
「笑っていたいな、俺、死ぬまで笑っていたい。
怖くないって言ったら嘘になるけど、死ぬまでみんなで笑っていたいよ!」
そしてそれが出来るような気がする、
と満面の笑みを浮かべて、坂本はベッドに倒れ込んだ。
白の世界は、きれいすぎる。
覗く四角い仕切の向こうの蒼は眩しすぎる。
だから、此処では俺はだめになるから。
坂本は退院した。
余生をみんなと共に生きるために。
今までと変わらないような日常も、毎日が輝いて見えた。
くだらない言い合いすら、素晴らしいものに感じた。
みんなの笑顔が、堪らなく愛おしかった。
あとどれだけ?何週間?何ヶ月?
自分は彼等と居られるのだろうか。笑い合えるのだろうか。
そう考えて、苦笑。
最期まで、笑っていよう。
悲しければ思いっきり泣いて、また笑えばいい。
坂本は笑った。
それは心の底からの笑いだった。
epilogue
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