幸せ、だったんだよ。
それを伝えることはもう出来ないけれど。
あ、と上げられた声に反応する者は誰も居なかった。
それもそのはず、この部屋には俺しか居ないのだから。
自由な部屋とは名ばかりの、檻の中。
それでも俺は何の不自由もしてなかった。
「今日、土曜日じゃん!」
週に一度だけ、科学班研究チームのトップが俺の部屋に来る。
彼はこの実験体に必要以上に関わらない研究所の中において異質だった。
とても優しい人だ。家族の居ない自分が、想われているのだと解るくらいに。
「T-長瀬、H1108。検定の時間だ」
ぞんざいな男の声が響き、彼が来たのだと知る。
俺は努めて無表情を作り、偉そうな助手の男が居なくなるのを待った。
カツカツと廊下に靴音が遠ざかる音が反響し、そして聞こえなくなる。
それを確認してやっと俺は彼に抱き付いた。
今日と言う日を忘れていたから、余計に嬉しい。
「二週間ぶり!坂本くん元気だった!?」
「あぁ…お前は元気そうだな、長瀬。
先週は悪いな、急用が入ってさ」
すまなそうに謝る彼に、俺はぶんぶんと首を横に振る。
だって、坂本くんが謝る必要なんてこれっぽっちもない。
そんな俺を見て、彼は優しく微笑んだ。
ほら、坂本くんは優しい。
俺は何だか嬉しくなって、無意識に力を発してしまったらしい。
あの偉そうな助手が持ってきた鉢植えの双葉が、花開いた。
「相変わらずコントロール出来てねぇのな。
―にしても不思議な能力だよなぁ…」
「可哀想…俺、こいつの命縮めちゃった」
「途中で枯れて、もっと短かったかも知れないし、そうじゃなかったかも知れない。
そんなの、人間には解らないんだから、あんま気にすんな」
慰めるような口調は、やっぱり研究者らしからぬものだと思う。
俺はうん、と頷いて、中心の黄色からオレンジ、
赤とグラデーションになっている珍しい花を見つめた。
その視線に気付いたのだろう、
坂本くんが鉢植えをさり気なく俺の視界からどかし、
その代わりにB5ファイルが入るくらいの紙袋を机の上に置いた。
何だろうと首を傾げれば、坂本くんが笑みを広げる。
「お前に、ささやかなお詫び」
ほれ、と紙袋の中から取り出した
何だか可愛らしい小さな袋を渡されて俺は瞬いた。
だって、この匂いは。
「クッキー!?」
「そ、お前言ってただろ?甘いもん食いたい・って。
味見してねぇから味の保証はしないけどな」
「え?手作り!?うわー!嬉しい!ありがとう坂本くん!」
パクリと口に入れて、感激。
久しぶりだからってのもあるけど、とっても美味しかった。
「美味しい!
ねぇ坂本くん、今度はプリンがいいなぁ!」
強請った俺に、
坂本くんは仕方ねぇなぁって顔をして、それでも確かに笑ったんだ。
「じゃあ、約束だよ!」
「あぁ、約束な」
指切りまでして取り付けた約束。
もう、果たされることはないけれど。
俺は確かに幸せで、俺は確かに満たされていたんだ。
最期に見たのはあなたの笑顔。
それだけで俺は他に要らない。
あなたが見たのは、俺の笑顔。
ほら、俺は笑っていたでしょ?
幸せだったの、だって楽しかった。
だからそんなに自分を追いつめないでよ。
俺が死んだのは坂本くんのせいじゃない。
笑ってよ。
俺悲しいよ。
誰か、この気持ちを彼に伝えて。
END
パイロキネシスの筈が何故か植物の成長促進能力に…;;
すっかり忘れてたんだよ!汗
この後山口と会って、坂本への伝言を頼むのだと思われます

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