+ 沈んだ石・まった波紋 +










「笑って」










甘えるように紡ぎ出された声の主を見遣り俺は密かに眉をひそめた。
坂本だ。彼は井ノ原に媚びるように首をかしげる。
井ノ原は一瞬顔を歪めたが、すぐに何ともなかったように、笑った。
痛々しい笑顔だと思う。見ている方が痛い。



「坂本くん」



俺は坂本を睨み付ける。坂本は飄々とした態度で視線を受け流した。


「何だ?」
「井ノ原嫌がってるだろ?止めろよ」
「嫌がってるのか?」


坂本は井ノ原を見る。俺も井ノ原に視線を映した。
どうなんだよ、と坂本は瞬く。
その眼は笑っていなかったように思う。


「嫌なわけ?」


若干トーンが下がった声。拗ねたととるか、それとも。


「ヤだなぁ、長野のくん、何いってんの?嫌なわけないじゃん」


井ノ原は解ってるはずだ。後者だってこと。
だから笑うのか?そんな表情してまで。
そんなに置いて行かれるのが嫌だったの?
井ノ原はずっとおちびちゃんのまま止まってしまっているのだろうか。


「ほら長野、井ノ原嫌じゃないって」


くつくつと笑う坂本が小憎らしい。
絶対井ノ原の気持ちが解ってるはずだから。


「ね、井ノ原」


井ノ原は返事をしない代わりに坂本をじっと見る。
坂本は殴り飛ばしてやりたくなるほど眩しい笑みを浮かべた。


「俺がすきなら笑って」


井ノ原は泣き笑いのような顔をして笑った。
それからぎゅうと坂本を抱き締めた。
その背が小刻みに揺れているのに気付かないほど俺は鈍感ではなかったから余計
やるせない。
俺があんなことを言わなければ井ノ原が傷付くことはなかったのだろうか。
そんなことを考えても意味はないのだけれど、考えずにはいられない。


「いのはら、くるしいよ」


舌ったらずな喋り方が今はとても不愉快だ。
俺は井ノ原の背中かに手を回してきゅうとシャツを掴んだ坂本を直視できなかった。


「俺がすきなら笑って、井ノ原。お前が笑うなら俺も笑うよ」
「笑う、笑うから笑って」


井ノ原は懇願するように坂本を抱く腕に力を入れる。
音のみで此処まで人を縛り付けることが出来る坂本を、俺はほんの少しだけ、
羨ましいと思ってしまった。










END



初心に戻って(笑)広がった波紋の続き。