6.





さて、と坂本は若干照れたように顔を赤らめ、
快彦をベッドに押し戻した。


「もう寝ろよ。まじで風邪引くからな」
「うん。ね、坂本くん。泊まって行ってよ、んで朝ご飯作ってw」
「…仕方ねぇ奴。解ったよ、だから眠れ」


ひらひらと蝶が快彦の上を舞い、
快彦はすぐに寝息をたて始めた。

蝶が眠り粉を撒いたのだ。
それはこの蝶の能力、つまり坂本の能力。

坂本は大の虫嫌いだ。
勿論蝶々だって苦手だった。
しかし何故か蝶の遣い手になってしまった。
それは代えることが出来なかった。

視えない蝶は初め、坂本の奥底の気持ちを汲み取り動いていた。
一瞬の殺意を、誰にも悟られることなく熟していった。
まるで伝承に在る獣のように。
蝶は坂本の深層意識にさえ忠実だった。
坂本には、それが耐えられなかった。


ある日、蝶が視える人間が現れた。
それが今坂本が在籍している組織のボスで、
それを活かして働かないか、と誘われた。
勿論坂本は迷った。
けれども秘密を共有出来る人間が欲しかったのも事実で。
そして、坂本は今此処に居る。







「まだ完璧にセーブすることは出来ないんだぜ?」







それを快彦に告げて居ないのは、まだ信用をしていないからか。
先程の言葉を取り消されるのが、怖いからか。

さて、と坂本は立ち上がり灯りを小さくすると快彦の部屋を後にした。
リビングに戻ると、剛が勢い良く顔を上げる。
坂本はそれを一瞥してドアを閉めた。
剛は坂本がぞんざいな態度で向かいのソファーに座るのを、
半ば睨み付けるように見ていた。

蝶が舞う。
健は全く起きる気配がなかった。









「―――――で?」









その長い足を組んで坂本はどこか高圧的に言う。
剛はぎゅっと拳を握って強く机を叩いた。


「視えるのかってどういう意味だ!!」


叫んだ剛を坂本は一瞬呆けたように見た。
盗み聞きしにくればいいものを、
バカ正直に此処で待っていたらしい。
不意に込み上げた笑いを、坂本はどうにか噛み殺した。


「知ってどうする、蝶も、三宅の両親のことも。
お前は何も出来ないじゃないか」
「それはっ…でも、知らないよりはマシだろ!?」
「知らない方が幸せな事も在る」


坂本がきっぱりと言い切ると、
剛は何処か悔しそうに俯いた。
カチカチとリビングに置かれた時計が時を刻む音が部屋に響く。
深い沈黙に、己の呼吸音さえ煩く感じた。

もし、全てを伝えたらどうなるだろう。
坂本は静かに瞳を閉じる。
何もかもが崩れる音が聴こえるようだった。








「剛」







呼べば、顔を上げる気配を感じた。
無言でその先を待つその姿はいっそ健気だ。

お前の兄貴は俺の相棒で、
お前の親友の両親を殺した犯人だよ。
お前の兄貴は、人殺しさ。

伝えたら、この意志強く輝く瞳は絶望に染まるだろうか。
伝えたら、あの笑顔は、もう二度と見られないだろうか。


「蝶は、普通は視えないんだよ。あれは特別なものだ。
能力がなければ視えるものじゃない、そこの泣き疲れて寝てるボーヤみたいにな」
「俺の、能力…?」
「そ。簡単にいっちまえば霊能力・ってやつかな」
「あんたにも兄貴にも、在るって事か?」


それに肯定してやれば、剛は少しだけ安堵した顔をした。


「俺、新種の病気かと思った…」
「は!ヤクやってるんだったら末期症状だな」


くくっと喉で笑った坂本に、剛は笑い事じゃない、と怒ったように言った。
ちらちらと漆黒が視界の端を舞い、剛は崩れ落ちるように眠りについた。
強制的な眠りに抗うことも出来ず、無力に。















































「口だけの餓鬼が、ぎゃんぎゃん吠えやがって」











































絨毯の上で糸が切れた人形のように横たわる
剛の横腹を足先でつついて、坂本は蔑むような瞳で剛を見下ろした。
その瞳は凍てつくようで、熱い。
ギラギラと苛烈な視線は何処か訴えるようでもあった。


「お前が居なけりゃあいつに逢えなかったがな、お前が憎いよ。
あいつの優しさは万人に向けられたものだが、お前に向けられるものは特別だ」


それが酷く羨ましいと思ってしまったのは何故だろう。


「あいつが組織に入る代わりに俺がお前を護る。
殺してやりたいけど、我慢するさ。それが契約だからな」


自分に向けられるのは何時も畏怖と蔑みだった。
あんなにきれいで眩しい笑顔なんて、多分、初めて見た。
自分に向けられたものだった。
自分だけの、笑顔にしたかった。


「だが、お前が生きている限りあいつは俺の相棒だ」


それはきっと、変わることのない事実。
だから、だからか。







「どんなことをしても、生かしておいてやるよ」








くっと口の端を上げ、喉の奥で笑った。
不敵な笑みは、宣戦布告のようでいて、
敗北を認めた者の白旗のようだ。
尤も、それを見た人間は居ないのだけれど。

坂本はコートを翻すと、
振り返ることなく闇に紛れて消えていった。



































































「う、ん…」




朝になり光が差し、剛が眠りから醒め体を起こした。
まだ上手く働かない頭を軽く振って立ち上がる。



「…何でこんな所で寝てたんだ?

―まぁ、良いや。今日は遅刻じゃないぞ!」



ぐっと体を伸ばし歩き始めた剛のその視界の端を、

今日も漆黒と翡翠色の蝶が舞う。
























END.



あれっ健くんは…!?と思った。(自分突っ込み
まぁいいや(いいの!?)ここまで読んで下さり有難う御座いました。
如何でしたでしょうか。自分的には詰め込みたい設定を詰め込めず少しアレでしたが。
剛に伝えようか伝えまいか凄く(でもないけど)悩んだんですよね、そしたら有耶無耶に…/笑
こういう振り出しに戻るみたいな咄は、嫌いじゃない(笑)






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