痛くなかったことなんて一度もない。




それでも、俺は笑ってあんたに礼を言う。













    + Promise +













「ラスト一!」





この実験のプロジェクト・リーダーのあいつの瞳は冷たく光り揺るがない。

「室温低下、しかし空気濃度変化なしです」
「…今日は終わりだ。各自データを纏めておけよ、解散!」

俺は色々なコードのついた器具を外されて、宛がわれた俺の部屋に連れて行かれる。
そして実験でついた傷の手当てをされるんだ。

白衣を脱いだあいつは、
プロジェクト・リーダーの坂本ではなく、俺の友人の坂本になる。



「感謝してるんだぜ」



唐突に切り出した俺の言葉に坂本はぎゅっと眉を寄せた。

信じていないんだ、俺の言葉を。
だから揺るぐはずのない瞳が揺らぐ。







「感謝、してるんだぜ」







だから、そんな顔するなよ。


もしお前がずっと冷めた瞳のままだったら、
俺はこの忌々しい能力を活用してとっくに逃げてた。
でも、お前がプロジェクト・リーダーじゃなくなった瞬間から
死ぬほど後悔をしていることを知っているから。
現状が最善なのかと悩んでいることも、
思うように結果が出なくて苛ついていることも。


お前がそんな顔をするようになったのは、俺のせいだから。



政府に追われ逃げ回っていた俺を、
いつの間にか政府の科学班のトップになっていたお前が捕まえた。
初めは裏切られたのかと思った。
でも、お前は良かれと思ってやったんだよな。
政府の敷いた檻の中だとしても、
一日の実験を除けば可成快適な生活ができるから。
でも、今更にお前は後悔してる。
勝手に決めてしまったこと、俺が自由を好むのを知っていたから。
研究が上手く進まず増えていく俺の体の傷に比例して、お前の心の傷も増えていく。
俺ら、馬鹿だよな。



「山口、俺、さ」
「俺の全てをお前に預けるよ」

更に責任で押し潰されそうになることを知りながらそれを口にしたのは、
唇を噛み締めて言いかけた言葉すらをも噛み殺してしまった坂本を、信頼してるから。

「山口、行けよ。
窓も裏門も開けてある、だから…行ってくれ…」

逃げろ、と言われなかったのはせめてもの救いか。
縋る様な瞳が不安げに揺らぐのを、
俺はどこか遠くの空間で見ているように感じた。

「俺の勝手でお前縛り付けて、傷付けて…もう耐えられないんだよ」
「そしてまたお前の勝手で俺を突き放すのか」
「それはっ…すまないと思っている!でも、
これ以上お前が傷付く必要がないだろ!?」
「それは、お前だ」

俺の言葉に坂本は俯いた。

「俺が逃げたらお前は殺されるだろ?
…それ解ってて逃げられるかよ!」
「死んだんだ!」
「え?」
「死んだんだよ!
あいつは俺を信じるって言ってくれたのに、
俺の知らないとこで死んでたんだよ!!」

それは追い詰められた悲痛な叫びだった。
誰が、と聞けなかった。
浮かんだ顔はたった一人のもの。




「長瀬…っ!!」




零れた涙はどちらのものだったのだろうか。
崩れ落ちるように床に膝をついたのは坂本だったのだけれど。

「頼むよ…お前まで失わせないでくれ」

差し出されたのは紙切れ。
どこかの番地がメモしてあった。

「其処に行けば保護してもらえる。俺の知り合いがやってるんだ。
一つ上なんだけど、とても優しい人だから、きっと上手くやっていける」
「…お前を見捨てられるかよ!!」
「…なぁ山口」

ふわりと微笑んだのに、坂本の顔は泣いているようだった。


「俺にお前の全てを任せてくれるんだろ?」


「ふざけんなよ坂本!!!!」


びりびりと空気を揺らし俺の力が発動された。
坂本はその場にどさりと倒れ込み、
ごほりと咳をして、少しの血液と胃液を吐いて気を失った。
俺は肩で息をして歯を食いしばる。
気を乱して、加減が上手く出来なかった。


坂本を、傷付けてしまった。





「俺ら、相当なバカだよな…」




互いに互いを傷付けあって、然もそれは善意で、同時に自己満足で。

俺は坂本を担ぐと窓の冊子に足をかけた。




「お前を怨んじゃいねーよ。

俺も、長瀬も、な」




飛び降りる寸前に振り返った室内で、

長瀬が、笑っていたような気がした。

















END


補足:
山口は霊的なものが視えるサイキックで,
長瀬は自然発火の体質(念じたり、無意識でも物を燃やせる)。
山坂コンビが意外と好評だったのでw
あ・長瀬死んじゃってますけど手繰り寄せる〜とは別話です。













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