ガンッと鈍い音を立てて俺はドラム缶に頭から突っ込んだ。
頭と背中を強く打ち、息が詰まる。
へらへらと笑いながら俺を見下ろす男たちを、
俺は何も出来ずに見ていることしかできなかった。


「せっかく整った顔が台無しじゃん、岡田くんってば」
「顔と頭が良くっても助けてくれる友達の一人もいねーのな」


げらげらと笑い声を上げて男の内の一人が俺の腹を蹴り上げる。
一瞬息が出来なくなって、涙が滲んだ。
からからと、鉄パイプを引きずる音が聞こえる。





あぁ、もうダメだ、と、俺は諦めた。









のに。










「おいお前ら、何寄って集って弱い者虐めしてんだよ。だせー」



低くよく通る男の声が、それを阻止した。
視線をあげれば、逆行でよく見えなかったけど、
長身で細身の男が立っているのが見えた。


「何だよてめぇ…!口出してんじゃねぇよ!!」
「弱い犬ほど良く吼えるんだ、また。
弱い奴しか虐められねぇってことはお前らも弱いって事だよ」


にやり、と男が不良グループをからかうように笑う。
鉄パイプやらナイフを持って殴りかかっていった不良グループを
ものの数秒で地面に叩き伏せて、男は不敵に笑った。


「俺に喧嘩売るなんて良い度胸だ。
それとも俺のこと知らないわけ?不良は不良でも潜りかよ?
まぁ、いい。俺は”エンペラー”だ、覚えておけよ」


もうすでに意識のない男たちの脇腹を足で突いて、男は俺を見た。
俺は力の入らない体を強張らせる。
男はそれを見て若干微笑んだようだった。
男は何も言わないで踵を返した。
俺は男について何も知らなかった。















 -EMPEROR-
















「うわ、岡田男前!!」



朝教室に入ると、友達の剛くんが俺の顔を見て驚いた顔をした。
殴られた後は見事に腫れ痣になっているし、絆創膏だらけだからだ。
俺は何となく気まずくて、愛想笑いをするしか出来なかった。


「誰にやられたんだよ!?言えよ!俺が仕返ししてやる!!!」
「いや…ええんよ。ーそれより剛くん、”エンペラー”って知っとる?」


そう言うと、剛くんは驚いたように眼を見開いた。


「岡田、知らないのか!?この学校の勢力争いの覇者って言われてる人だぜ?
何でも、学校はサボりまくりで授業に出ても寝てるんだけど、
成績は優秀で教師共も手を焼いてるっていう噂だ」
「…へぇ」


剛くん詳しいなぁ。
っていうか勢力争いて、ここは何処やねん、学校やろ!?


「俺もさ、見たことはないんだけど、連んでるってゆう仲間なら見たこと有るぜ?
何か、噂ってあてにならないなって思った。穏やかっぽかったもん」
「そうなんや…って剛くん何処いくんや!?授業始まるで!?」
「どうせならもっと詳しく調べようぜ!どうせ社会準備室に行けば井ノ原くんが居るだろうし」
「ちょ、剛くん、まちぃ!!!」


結局俺は剛くんを追いかけていって、授業をボイコットすることになった。
実は、興味もあったんや。
勢力争いの覇者とやらが、どうしてあんなところに居たのか。
どうして自分なんかを助けてくれたのか。
出来るならば理由を聞いて、理由はどうあれちゃんとお礼をしたかった。





















がらがらと社会準備室の建て付けの悪いドアを開ける。
部屋に入り本棚の横を通って奥に進めば、男が二人机に向かっているのが見えた。
身長が高い髪にパーマをかけた男と、身長の低い坊主頭の男だ。


「あれ、太一くんに長瀬じゃん」
「おう、剛に…誰?」


太一と呼ばれた背の低い男が、俺を指さして首を傾げた。


「こいつ岡田。俺の友達。つか井ノ原くんは?」
「一年の岡田准一です、どうも」
「俺国分太一、太一で良いよ。学年は二年。こいつは長瀬智也、一年」


太一くんが寝ている長瀬くんの頭を小突きながら言ったが、
長瀬くんは起きる気配がない。
どうやら一度寝るとなかなか起きない部類に入るようだった。剛くんみたいに。


「イノッチだったら屋上にいるってさっきメールきたけど」
「まじで?サンキュー!ほら、屋上行くぞ岡田」
「お、おん。ありがとうございます」


俺は軽く頭を下げると出ていってしまった剛くんを追いかける。
屋上への階段を駆け上りながら、確かに今日は昼寝日和だろうなんて思った。
にしても流石と言うべきか。
剛くんもそっち側(サボり常習犯)とはいえ仲間が多いなぁと感心する。
そういえば剛くんの勉強している姿を見たことがないかも知れない。


























「井ノ原くん、居る?」



























剛くんが屋上のドアを開けて外に出ていく。
何の意味もなさなかった南京錠を、俺はとても複雑な気持ちで見た。


「剛、何だサボりに来たのか?」


剛くんに声をかけたのは人の良さそうな顔をした男だった。
眼が、細い。一瞬寝ているのかと思ったくらいだ。


「それも有るけど。あ、井ノ原くん、こいつ俺の友達」
「お、岡田准一です」


挨拶をすると、とても馴れ馴れしく手を捕まれた。


「剛の友達!?同い年の友達って珍しくね!?
俺は井ノ原快彦、イノッチって呼んでね☆准ちゃん!」


じゅ、准ちゃん!?
それはちょっと勘弁して欲しいかも知れへん。
そんな事を心の中で思ってる俺を放ってイノッチ(もう早速呼ぶことにする)は
准ちゃんを連呼していた。


「井ノ原くんに聞きたいことがあってさー」
「ん?何?俺の情報網なめんなよ?」
「頼りにしてるから聞きにきたんじゃん。ねぇ、”エンペラー”の詳しい情報有る?」


剛くんが問えば、イノッチはきょとんとした顔をした。
俺も剛くんも首を傾げてしまう。何かおかしな事を聞いただろうか。


「あぁ、”エンペラー”ね、久しぶりに聞いたからさ。あぁ、有るよ」


そして今度はにやりと人の悪い笑みを浮かべて、笑った。


「その前に…何で争いの覇者の情報が欲しいわけ?」
「実はさぁ、おっとなしいこいつの口から”エンペラー”なんて単語が出てきてさ。
教えてやろうと思ったんだけど、俺どれも抽象的な噂しか知らなくてさ」
「准ちゃんは、どうして”エンペラー”なんて」
「…昨日、助けてもらったんよ。”エンペラー”っていっとったから…」


答えれば、ふうんと興味があるのか無いのか解らない反応が返ってきた。
イノッチは何か考えているようだったが、にっこりと笑うと、上を向いて話し始めた。






「人助けなんて似合わないことするじゃない。皇帝なんて単語まで出しちゃってさ」






俺は思わず剛くんと顔を見合わせてしまった。
イノッチが、オカシイ。何か空と(宇宙かも知れん)交信し始めたで!?

でも、それよりも吃驚したのは、返事が返ってきたことだ。


「煩ぇよ井ノ原。下手に名前出すより良いだろ?
”エンペラー”が誰かなんて知ってる奴は居ないに等しいんだからよ」


そしてその声に、聞き覚えがあったからだ。

屋上に有る出入り口の裏にある梯子を登ればいける
更に少しばかり高いコンクリートの上から飛び降りてきた人物は、
昨日逆行で顔が見れなかった人物と同じ声をしていた。

全く、さっきから煩ぇんだよ、
と悪態を吐いてイノッチの隣に座った男の肩を抱き寄せて、
イノッチは呆然と男を見遣る俺らを見て笑った。


「この人が噂の”エンペラー”、坂本くんです!
本名は坂本昌行なのでまあくんって呼んでねw」
「それで呼んだら殴る、坂本でいい。
ついでに俺が皇帝だってばらしたら二度と外歩けない顔にするぞ」
「坂本くんがそれをいうと冗談に聞こえないんだよ…」


確かに、と俺はまたも心の中でイノッチに賛同した。
強面で眼光が鋭い坂本さんは、あまり俺らに興味なさそうに欠伸をした。


「で、俺に何か用?」
「え、あ、う、と。昨日は助けていただいてどうもありがとうございました」


丁寧に深々と頭を下げると、坂本くんは嫌そうな顔をした。


「気紛れ、通り掛かり、礼なんて言われることはしてない。
お前既にぼこぼこだったしな」
「彼処をたまたま通り掛かるなんて、まずないでしょ?」
「んだよ、俺に喧嘩売ってんのか井ノ原」
「違う違う、もうお人好しなんだから☆」


無謀にも坂本さんの頬を突っついて、イノッチは殴られて吹っ飛んだ。
しかしめげない。イノッチはまた坂本さんの隣に座りうふうふと気味悪く笑っている。
俺には真似できないわぁ、と心底思った。







「お、俺、坂本さんのチーム入りたいんですけど!!」







剛くんが拳を握って熱く叫ぶ。
坂本さんは剛くんを一瞥して、好きにしろ、と言った。


「いえー!剛ちゃんが仲間に入った!これで六人目!」


イノッチが叫び、剛くんがあんぐりと口を開ける。
あんなことが出来るんだ、いのっちは坂本さんのチームに所属しているのだろう。
にしても、六人って少なくないか?
きっと剛くんもそれに驚いて間抜けな表情をしたのだろう。


「山口くんに太一くんに松岡、長瀬、俺、坂本くんに剛!
−准ちゃんは入らないの?」


聞かれて、答えに詰まった。
楽しそうだ。でも、俺は喧嘩なんか出来ない。
そしたら、きっとまた、


「喧嘩なんて出来なくてもいいんだぜ?人には向き不向きがあるからな。
でも少しくらい体を鍛えるのもいいかも知れねえな、お前の場合」


くっと喉の奥で笑われて、何だか恥ずかしくなったけど、
バカにされているのではないことはその顔を見れば解った。

勢力争いの覇者だなんて聞いてたから、もっと恐ろしい人かと思っていた。
でも、何だか違うみたいだ。
だってこの人の周りにはイノッチや剛くんみたいな
(他の人はどんな人か知らんけど)いい人が集まっているんやから。


「俺も、入りたい、です」
「そうか」


そっけない一言だったけど、俺には何よりも嬉しかった。

顔と頭が良いだけで喧嘩も出来ないダメな奴と虐められてきた俺が、
あの皇帝に喧嘩が出来なくても良いのだと仲間に入れて貰えた。

俺は思わず剛くんと手を合わせた。
生まれて初めてのハイタッチというやつだ。



何だか、俺の人生が大きく、それも好い方に変わりそうな予感がした。



















END



アンケートで学園物ーてなリクエストがあったので。
虐められっ子准ちゃんに学校牛耳ってる坂本くんが書きたかっただけ(笑)
山口くんと坂本くんはタッグを組むと最強(最凶)です。
でてこなかった茂くんは生徒会長、長野は生徒会役員、健は普通の子(笑)
何部に入れようか…いや、続き書く気ないけど


 






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