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十字架に捧げた祈りなんて、俺は知らない。
















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       Cross Clover
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首筋のクロスのシルバーアクセサリーを、坂本は馬鹿にしたように指で弾いた。
真っ白な部屋の中、窓からその身を乗り出し今にも空へと飛び立ちそうに坂本は空を仰いでいた。



祈れば本当に救われるのだろうか。



坂本は考える。

祈りで本当に救われるのなら、彼の為に坂本はいくらでも祈るだろう。
しかし坂本はリアリストだった。
坂本は不安定な心を支えるのに祈りに縋り付きたかっただけだろうと考える。
その象徴にキリストの十字架が選ばれただけだ。







救われない、と坂本は思う。















十字架は本来、罪の象徴だから。


















坂本はコキリと首を鳴らして二階から何の躊躇いもなく飛び降りた。
無事着地して歩き出す。
向かうは彼の元。

柔らかい微笑が印象的な、優しい彼。



































































「シゲくん」







彼、城島茂は植物の温室に居た。
坂本がその名を呼べばカルテから顔を上げ、ふわりと微笑む。
坂本はそんなさり気ない城島の微笑んだ顔が好きだった。


「坂本、気分はどうや?」
「問題ない。パーツの破損もデータエラーもない」
「…そうか」


淡々と告げる坂本に少し困ったように城島は笑った。
坂本は眉を顰める。そういった笑みはあまり好きではなかったから。
そして何よりもそれを自分がさせているのだと解ったから。


「マスター、言ってくれないと解りません」
「坂本、マスターは止め、」
「あなたを悲しませる、傷付ける事、それはシステムに反します」


坂本は静かに膝を折って跪いた。

坂本は城島の為のアンドロイドだった。
城島を護る為だけに創られ、その為だけに存在するアンドロイド。


「シゲくん、空気が冷たくなってきた。戻ろう」
「…おん」


城島は坂本の手を取って歩き出した。
ゆっくりと、その歩調は城島に合わせられている。
繋がれた手は温かく、人間のそれと何等変わりない。
しかし違うもの。似て非なる別の物体。

坂本は決して人間になれない。
相手を気遣うような行為も、インプットされているから。
考えることも出来るけれど、べースはプログラムされたことが全て。

言うなれば子供。
何も知らない、親だけが総てな。


城島はちらりと坂本を見上げて、寂しそうに俯いた。



















































その日の夜、城島のラボに坂本は立っていた。
灯りはつけず、月の光が坂本を青白く暗闇に浮かばせる。

数名の武装した男達が坂本を囲んでいた。
男達は城島を連れて行くと言った。


「シゲくんはお前等となんか行かない」
「城島茂は知りすぎた。あの科学力は脅威になる」
「シゲくんを傷付けるのか」
「殺す。―お前もだ!!」


襲いかかってきた男達を蔑むような瞳で見て、
坂本はいつの間にか握っていたナイフを構えた。






全てを、排除した。
しなければいけないと思った。



辺り一面血の海になり、真っ白な部屋に赤のコントラストが眼に痛かった。
動くモノは坂本以外にには居ない。
坂本はナイフをきつく握り締めてそっと息を吐いた。





























「さ…かもと?」





























そのタイミングは恐ろしく悪かったと思う。
坂本は自分を呼んだ主を無表情のまま見た。
扉の向こうには微かに震え真っ青な顔の城島が立っていた。


「これ…どないしたん」
「シゲくんの敵だ。安心して、俺が全て排除したから」
「全員、殺したん…!?」


悲鳴のような声を上げて、城島は坂本を呼んだ。


「何で…何でこんなことしたん!?」
「シゲくんを殺そうとした」
「そんな証拠何処に在んねん!」
「殺さなきゃ、殺されるんだよ」


あなたを殺されるわけにはいかない、と坂本は小さく笑う。
城島は恐ろしいものを見たかのように顔を歪めて力無く崩れ落ちた。



「だって、俺しかあなたを守れないんだから」



ぴちゃぴちゃと血溜まりを跳ね返しながら坂本が城島に近付く。
三歩前で止まって、床に片膝をつけた。


「どうして泣いているの?こいつらがそんなに恐かった?」
「―…かもと」
「安心して、みんなみんな殺してあげるから、だから泣かないで」
「嫌や…」
「シゲくん」


涙を拭こうと伸ばした真っ赤な手を、城島は叩き落とした。
坂本は驚きに目を見開く。
城島は唇を噛み締めて、叫んだ。


「嫌やねん、何で人を殺さなあかんの!?坂本はどうして殺すの!?
坂本なんか要らへんのや!僕は一人でも生きられる、
だってもうすぐ達也も太一も帰ってくるんやから!!」
「マスター」
「煩い!!アンドロイドのくせに勝手に行動しよって!!」
「そういう風にプログラムされています、マスター、もう彼等は」
「うるさいうるさいうるさい!!!!」


耳を塞いで俯いてしまった城島の瞳から涙がこぼれ落ち床を濡らした。
坂本はそれを呆然と見ている。
手を伸ばすこともその涙を拭うことも、名前を呼ぶことすら出来ずに。


暫くして坂本はゆっくりと瞬きをしてから立ち上がり、丁寧にお辞儀をすると部屋を後にした。



















もう、彼等は、居ないんですよ、マスター。



















伝えられなかった言葉。
だって彼はまだ彼等を必要として、待っている。
自分じゃない、彼等を必要として。


自分は彼を傷付けてしまった。
自分は彼を悲しませてしまった。
それはプログラムエラーを起こす。





自分じゃダメなんだと、悟ってしまったから。











坂本は首筋のクロスを握り締めた。

複雑奇怪な人間の心が少し解って、ほんの少しだけ悲しくなった。
祈りに縋りたい人間の気持ちが解ってしまって、坂本は泣きたくなった。


祈って救われるなら、いくらでも祈りますよ。
あなたの幸せを願って、いくらでも祈りますよ。


でも俺は所詮は人間のレプリカ。
考えられても表面上の痛みはあっても、
あなたのその心の痛みまでは理解できない、紛い物。






出来損ないは、大人しくスクラップになるのです。






プログラムエラーを起こした俺の逝く先は一つ、ロボットの火葬場。
先程のエラーで入ったスイッチは、俺に最期の命令を下す。


シゲくんの好きな花をいっぱいに部屋に飾って、彼等からの最期の言葉をプリントアウト。
それだけじゃ淋しくて、俺はその髪の隅っこに、小さくクローバーのマークを描いた。
そして一本花を貰って、いざ向かうは廃棄場。



俺の徒花、シゲくんの好きな花。

出来損ないな俺は、それだけで嬉しかったりするのです。
シゲくんと最期まで一緒に居られる気がして、幸せ。








坂本はクロスをしっかりと握って、初めて祈った。









クローバーは俺のクロス。

クローバーは幸せの象徴。













罪の十字架は、背負わなくていい。



























あなたが幸せで在りますように。



































十字架に捧げた祈りは、風に乗せた唄のように誰かに届くのだろうか。































































 
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