蝶が舞う。


視えるはずのない蝶が。









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1.






蝶が見えるようになった
(この場合、普通の蝶じゃなくて、俺以外には見えない蝶を指す)
のは、家出をしたあの日、彼と逢ってからだ。
漆黒と翡翠の美しい羽を持つ蝶を度々見かけ、その度に健
(俺の友達の名前。本名は三宅 健)
に教えたけど、後ぞ健の眼に映ることはなかった。


あれは幻覚なのかと考える。
気になって辞典を引いたがあの蝶は載っていなかった。

あれは幻なのだろうかと、少し不安になる。
何故俺にだけ視えるのか、あれは何を意味しているのか。


解らなくて、少し苛立つ。


それが無意味な行為だと知っていたが、抑えることが出来なかった。





















「あれ」




















その日学校から帰ってくると玄関に見知らぬ靴が揃えてあった。
兄貴のはしゃいだような煩い声が聞こえ、相手が彼だということを知る。
兄貴の年上の友達、家出したあの日、初めて逢った男。



「坂本くん?」



会話が途切れ、訝しげな声が彼を呼ぶ。
返事はなく、代わりに閉まっていたドアが開いた。


「お帰り、剛。お邪魔してます」
「ぁ…うん、ただいま。…いらっしゃぃ…」


ちらり、と視界の端に黒い物体が横切った気がした。
多分、あのきれいな蝶。


「あー、お帰り剛!」
「うん」


ひらひら舞ってるの、兄貴たちには視えないのかな。
やっぱり視えるの俺だけ?
ヤバいのかな、俺って眼の病気?







「剛は、何かしたいことでも有るのか?」







唐突に坂本くん(兄貴がそう呼ぶから、俺もそう呼ぶことにした。
時々まあくんって呼んで殴られてるけど)が切り出した。
急に振られて脳がついていかない。
きっと間の抜けた顔をしたんだろう、
坂本くんはくっと口の端を上げて笑った。


坂本くんが、俺は少し苦手だ。
兄貴は坂本くんを全面的に信頼してるっぽいけど、
俺は彼はどこか信用出来ないところが在ると、そう思う。
優しいけど、何だろう、裏と表が在るようで嫌だ。
笑ってるけど、それは嗤いだったり、眼が笑ってなかったり。
やっぱり信用ならないと思う。
まぁ、彼のことを何も知らない俺が否定するのも、可笑しな話なんだけどさ。



「別に…今は特にないけど」
「剛、サッカーは?」
「続けられるならやりたいけど」


兄貴の言葉に俺は俯いた。
もしバイトを始めるとなると毎日練習は出来ないだろうし、
そう時間もとれなくなるだろう。
サッカーは好きだが、兄貴を犠牲にしてまで貫く意志は持っていない。
兄貴は笑った。顔いっぱいに笑みを広げて言った。


「良いよ、続けて。俺、新しいバイト始めたんだ」
「え、」
「結構時給よくてさ!だから気にすんなよ」
「だって、兄貴の夢は」


どうするんだ、とみなまで言えなかった。
兄貴の夢は、音楽をやること。
ギターを抱えて、ビッグになるって笑ってたじゃないか。
今の兄貴の言い方じゃ、まるで諦めたみたいだ。

ひらひらと、視界の端の蝶の動きが荒くなる。
何かに逆らうように、怒っているように。


「まぁ、それについても話し合えばいい。
取り敢えず井ノ原、俺は行くぞ」
「うん…ってえぇぇ!行っちゃうの!?」
「行っちゃうの。んじゃまたな」


決定事項が覆らないのを知っているような
優者の笑みを口元に浮かべて、坂本くんは帰っていった。
俺には何の話かさっぱり解らなくてのけ者にされたみたいで
面白くなかったけど、それは仕方がないことなんだよなと諦めた。
俺に秘密が在るみたいに兄貴にだって秘密が在るんだろう。
それは人として当たり前のことだと思う。



リビングに入って彼が座っていたまだ若干温かいソファーに座る。
カップに入っていたコーヒーは飲み干されていたが
(ちなみにブラックだとみた)皿の上のクッキーは手付かずだった。


















**Next...*






一周年アンケートお礼SSの長編版。
長編というか、何か書きたいとこだけ書こう!
みたいなコンセプトでいきまっせ(嗤)