4.





「たっだいま〜剛」
「遅ぇ!!」
「痛い!酷いわ剛ちゃん!謂われない暴力だわ!」


よよよ、と泣き真似をした快彦を軽く殴って剛は黒ずくめの男に眼を止めた。


「よぅ、剛」
「坂本くん」


びしょ濡れだったのが嘘のように快彦の体は乾いていた。
坂本の家で乾かしていたのだ。だから遅くなった。
坂本は剛の体が微かだが強ばったのを感じ取り、小さく笑った。



「誰か居るのか?」



その言葉にはっとして剛は眉間に皺を寄せた。
追い詰められているような雰囲気の剛を、快彦はそっと抱き寄せた。


「泣くなよ、剛。どした?」
「…悔しい。何にも出来ない自分が嫌いだ」
「何があった?」


よしよし、とあやすように背中を撫でられるのが、
普段なら鬱陶しく感じるのに今は逆だから不思議だ。
剛は乱暴に涙を払って快彦の手を引いてリビングへと向かった。
坂本は傍観者と決め込んでいるようで、一切口出しをしなかった。


「…この子は?」
「健。ほら、声の高い煩ぇ奴。俺の親友」
「…どうしてこんなに眼が赤いんだ?泣かしたの?剛」
「ちげぇよ!!」
「剛」


声を荒げた剛を、静かな低い声が諫めた。
はっと口を押さえて健を見る。が、身じろいだだけで起きる気配はなかった。


「ありがとう坂本くん…」
「いや…―で?」


先を促され、剛は躊躇してごくりと唾を飲んだ。














「こいつの両親、…殺されたんだ。
 こいつが、学校行ってる間に」














しんとした空間にその声は思いの外大きく響いて、
音にしたことを剛は少しだけ後悔した。


「この子の名前は…?」
「ぇ?」
「名前は!?」


抑えてはいたがそれでも強い口調に圧倒されて、剛は口を開いた。
何故快彦がそんなに名を聞きたがるのか、剛には理解できなかった。







「三宅…三宅健」







快彦の顔が真っ青になる。
坂本の無表情は変わらぬままだったが、
その表情の変化の無さがかえって不気味だった。

ひらひらと蝶が舞う。
快彦の肩、腕、手、と宥めるように滑り落ちる。

快彦の眼が確かに蝶を捉えたのを見て、剛は息を呑んだ。


「兄貴っ」
「井ノ原」


剛と坂本の声が被る。怯まず続けた坂本に軍配が上がった。


「風呂に入って寝ろ。顔色が悪い、多分風邪だろう」


快彦は何も言わない。ただ坂本を凝視して力無く頷いた。
快彦が部屋を出ていくのを止めようとする剛を制止して、坂本は眼を細る。
剛は訝しげに坂本を見上げた。


「剛、お前の視線は何を辿っている」
「蝶、蝶々」
「蝶?」
「漆黒と翡翠色の蝶が…っ」
「漆黒と翡翠色の蝶?」


剛の答えを復唱した坂本は微かに眉を顰めた。




























「………視えるのか」





























曖昧な表現に剛は眼を見開く。
問い質そうと口を開きかけたところを手で押さえられ、黙った。
睨み付けても相手は平然としている。



「お前の話は後だ」



有無を言わさぬ威圧感を感じ、剛は首を縦に振るしかなかった。
坂本は剛を一瞥するとリビングを出て行った。
剛は何だか裏切られたような気持ちになり、泣きたくなった。




















**Next...*









軍配て、何か、違う?意味・・・??