5.





坂本はまるで我が家のような足取りで
迷い無く快彦の部屋に辿り着き、ドアを開る。
ノックもしない無礼な客を咎めることもせず、
快彦はベッドに腰掛けうなだれていた。
部屋は真っ暗で、快彦は髪から水を滴らせていた。
それさえも見越していたように坂持っていた
バスタオルを坂本は快彦に投げる。
それはふわりと快彦の頭に掛かった。


「シャワーを浴びた後はきちんと乾かせ。
 ―――本当に風邪をひくぞ」


それでも快彦は動かない。
坂本は溜め息を一つ吐き、
快彦の隣に座ってがしがしと髪を拭き始めた。
ぽたり、と快彦の拳に水滴が落ちる。
それが髪から落ちたものではないことを坂本は知っていた。








「さかもとくん」








泣いているのかと思っていたので、
意外としっかりた声に少し驚く。
けれどもやはり快彦は静かに涙を流していた。


「俺、俺、剛の親友の親を殺した…!」
「そうだな」
「あの子、あんなに泣いて。
剛、あんなに自分を責めて…っ!」
「……だから何だ」


突き放すような冷たい声に、快彦は顔を上げて坂本を見た。
声同様の冷たい瞳が自分を映しているのを見て、
快彦はまた涙を浮かべる。


「だったら止めるか?お前がした事実は消えないが、
これからお前が罪と思うことを重ねずに済む。
今回の金は入れてやる、それで真っ当な
バイトでもすりゃ普通水準の生活は出来るだろ」


淡々と続けられ、快彦は声を出すことが出来なかった。





「止めるなら契約破棄だ」





どこからか丸まった古い洋皮氏を取り出した坂本は
それを破ろうとしたが、快彦が阻止したため失敗に終わった。
契約書を奪おうとする手にも射るような視線にも必死に抵抗する。
ただ純粋に嫌だと思った。


「嫌だ!折角坂本くんに逢えたのに、
相棒になれたのにこれっきりだなんて嫌だ!!」
「これは遊びじゃないんだぞ井ノ原。
お前の一瞬の躊躇いがお前の、俺の命を奪うんだよ!
生半可な気持ちの奴は足手まといだ!!」


それは解っているのだ。
この迷いが危険なことも、この気持ちが要らないことも。




「でも、嫌なんだ…」




ねぇ、坂本くんも悩んだ?
もう慣れちゃった?
坂本くんは、俺と別れるの、寂しくないの?



「井ノ原」



聞きたいことがいっぱい在りすぎて、言葉が出ない。
あんたのせいじゃないんだよ、だから、そんな顔しないで。



「井ノ原…」
「悲しいよね。痛みに慣れるうちに忘れちゃうなんて。
でもね、俺、知ってるんだ。
それにはとっても時間がかかるってことも
坂本くんが、まだ忘れてないってことも」
「、井ノ原」


坂本は何か言おうと口を開けたが、
結局出たのは空気だけで、閉口する。
それを見て井ノ原はふにゃりと笑った。


「坂本くんは優しいから、
俺をこっちに居させてくれようとしとくれているんだろ?
でも、俺決めたんだ。坂本くんと仕事する。坂本くんを支えるよ」


坂本は軽く眼を見開いて、それから泣きそうに顔を歪めた。
それに井ノ原は驚いたが、それよりも嬉しかった。


「辛いぜ?全然慣れない。銃は特に、自分が殺した実感がない。
だから態とお前にナイフを使わせた。あれは、感触が残るから」
「うん、」
「お前はまだ戻れるんだよ井ノ原。まだ、戻れるんだ」
「ううん、もう戻らない。
ね、坂本くん、俺はあんたのパートナーだからね!」


にっこりと笑みを広げて言えば、
坂本もぎこちなくだがつられたように笑った。



「決定事項かよ…」



それは確かに笑みだった。
嘲笑でも偽物でもない、本当の微笑み。
快彦は大きく頷いて、坂本の周りを舞う蝶に手を伸ばす。
指先に留まった蝶を愛おしげに見て、また宜しくな、と笑った。




















**Next...*